多分、救いのない話。-5--5
(オフェリア 大丈夫よ 何も怯えることはないの)
(あなたも この私も 此処にいていいのだから――)
「いや、しんどくはないよ。たださ、先生も年なのかなあ、疲れが取れないの」
あははと笑いながら肩を揉んでみる。肩が凝っているのは本当だ。
「あ、じゃあメグがみーちゃんの肩を揉んであげますですよ」
にこにこと、先程の不安そうな顔は消えて笑顔で水瀬の背中に回る。そのままぐにゅぐにゅと肩を揉み始めた。
「どーですかあ?」
「すごい、上手。……ん、もう少し右」
「はーい」
曲は終わって、アイポッドはシャッフル再生で、色々と曲を流す。一曲一曲は短い、映画やドラマのサントラが多かった。
「メグちゃん、サントラが好きなの?」
「というより、映画が好きなのですよ。秘密基地にはメグの大好きな映画がDVDでいっぱいあるのです。いろいろあるのですよー」
自慢げな言葉は屈託がなく、自然だった。
「秘密基地?」
「はい。秘密基地にはメグのお小遣いでホームシアターを作ったりしてるのです。120インチのスクリーンと7.1chのサウンドは迫力がありますですよ」
正直よく分からないが、慈愛が何かを自慢するというのは珍しい。自然と微笑んでいた。
「へー、そういうのに興味があるんだ。……でもホームシアターって。結構高くつくよね?」
「お小遣いじゃちょっと足りないですけど。……内緒ですよ? お母さんに知られたら怒られちゃうかもですから」
耳元に口を近づけ、誰も聞いてるはずもないのにひそひそと。
「メグ、デイトレードやってるのですよ」
「デイトレードって。え、株?」
「ハイです。お母さん、あまり映画に興味がなくて。おねだりするにはちょっと気が引けちゃって……お小遣いをちょっと。投資したら株は天井、すぐに売って、何倍にもなったのですよ。それ以来結構長く続けてます。でも、これ、お母さんに知られると無駄遣いするからって取り上げられちゃうのです。だから、内緒ですよ?」
「うーん、メグちゃんのお母さんはそんなことでは怒りそうにないけどなぁ」
それほど悪いことをしているようには思えないが、確かに中学生にしては高額の取引や買い物をしているのだろう。心配するのは、まあ、それほどおかしくもない。だけど、彼女が、“あの”母親が、自分の娘がそんな大きな買い物をしていて本当に知らないでいるのだろうか?
「秘密基地のことは知ってますですよ。でも、来ちゃ駄目ーって約束してるから、お母さんは来ないのです。だからお母さんは知らないですよ」
「へぇ。なんというか。変わってるね」
変なところで甘やかしているんだなと妙な齟齬を覚えながらも、約束して律儀に行かない辺りはあの人らしいなとも思った。守っているというよりは、破る必要がないから破らない、という感覚なのだろうけど。
「じゃあ、私も内緒にしておくね? 誰にも言わないって約束するよ」
「むにゅ、そうしてくれたら嬉しいです。秘密は何処から洩れるかわからないですからねぇ」
にこにこと笑う顔は屈託がなくて、先程言っていた『考え事』をしているようには見えない。或いは、内心はあの母親よりも読みにくいかもしれなかった。含みがあることすら、感じさせないという点において。
映画のサントラが、連続して流れる。水瀬の知っている曲も、知らない曲もあった。
久しぶりに、映画が見たくなった。
『あの子』がいなくなってから、映画は見ていない。