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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-5--4

「こういう歌好き?」
「はいぃ。こういう賛美歌みたいなやつは好きです。でもなんか眠くなっちゃいますねぇ」

 あははと笑った。欺瞞に満ちた笑顔。今自分の顔を鏡で見たら、きっと鏡を叩き割るだろうと思った。
「メグちゃんの好きな曲かけていいよ」
「あ、アイポッド繋げられますかねぇ? あ、繋がった。じゃあ、この曲かけさせてくださいな」
 水瀬はパソコンが苦手なので慈愛に任せる。流れてきた旋律は――どうしようもなく不安を掻き立てられるような、不気味な歌だった。
「これ、何の歌?」
「『オフェリア』っていうのです。メグの大好きな歌なのですよ」
「なんていうか……怖い歌だね」
「そうですかぁ? 優しい歌ですよ」
「モチーフはシェークスピアかな?」
「さあ? でもハムレットのヒロインの名前はそうでしたねぇ」
 曲はイントロからAメロ、Bメロと入り、サビへと移っていく。それをしばらく黙って聴いていた。

(オフェリア 手を伸ばして そうよ窓の外は冷たい)
(痛みを 感じられる 心だけが暖かい――)

 基本的に水瀬は暗い曲が苦手なので、この曲もあまり好きになれなかったけど。……なんとなく、水瀬の目の前にいるこの子供とその母親のイメージに、合うような気がした。オフェリアは慈愛になるのだろうか。ならばこのオフェリアに歌で語りかけているのは、あの母親なのだろう。
「メグちゃんも難しい歌聴くんだね」
「ぶーぶー。どういう意味ですか」
「いや、茶化したんじゃなくて。私は歌や映画ぐらいは、明るい方が好きだからさ」
「むぅ。せめてフィクションでは明るい方がいいのですか?」
「そうだね。現実は残酷すぎて、何が本当で何が嘘だかわからないし」
 言ってしまってから、失言に気がついた。仮にもカウンセリングする立場の人間が、こんなネガティブなことを言うのはよくない。昨日、彼女に会って『あの子』の話題が上ってから情緒が不安定になっている。思考はまだ、切り替えられてなかった。
「やっぱりちょっと、体調がよくないですか?」
「……うーん、ごめんね」
 引き摺りすぎだ、と自分を戒める。ほら、メグちゃんが不安そうな顔になっているじゃないか。
「みーちゃん先生も、嫌なことがあると凹んじゃうんですねー」
「そりゃあ、人間だもん」
「うーん、ちょっとお話聞いてもらいたかったんだけど。やっぱり、やめとくー」
「話聞くのは大丈夫よ? メグちゃんが考えてるほどしんどいわけじゃないんだから」

「でも私に隠せないぐらい、沈んでるんでしょう?」
「…………」
 あまりに鋭い指摘に、水瀬は言葉が出てこなかった。
 その鋭さは、母親を思わせる。
「こっちもそれほど大した話じゃなくて、……考え事、してたのです。だけど、考えが上手くまとまらなくて……みーちゃん先生に、話したら、少しはまとまるかなーって思っただけなのですよ。先生がしんどいなら、……無理に話をしようとは思わないのですよ」
 だけど続く言葉は、母親とは違い、顔色を伺うような、何処か怯えが混じったものだった。


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