年の差-番外編-8
「あ、すいません!」
ぱっと手を離し、あたふたする北野。
「あ、駅!駅まで行き…ぅ…ん!?」
北野は、話せなくなった。
当たり前だ。
俺が、口を塞いだのだから。
北野の驚いたような顔が妙に面白かった。
あんな、色っぽい目で、見られたら止められるはずがない。
俺も男だ。
いくらなんでも…無理だった。
触れるか触れないかのキス。
上唇を啄むように、吸ってみる。
さっきの驚きは、なくなり、代わりに見開いていた瞼は、静かに閉じられた。
時間も時間だ。
人は少ない。
だが、主要道路沿いにいる俺ら。
やはり、通行人は何人かおり、興味本位でこちらを見たりして、去っていく人もいた。
自分でも、びっくりした。
こんなことが自分が出来るとは、思わなかった。
「うぅ…ん…」
北野の口から、甘い声が聞こえる。
いつもの、ハスキーボイスとは違い、甘かった。
強いて表現するならば、ビターチョコ。
甘くないわけではないが、どこと無くほろ苦く、香り高い。
今での彼女とは違った。
今までの彼女達は、いわばホイップクリームに砂糖をかけたような感じばっかりだった。
ホイップクリームが苦手な俺にとっては、敵としか言いようがない。
その代わり、ビターチョコは好物だ。
だが、女とは何故自分を、可愛く、甘く見せるたがるのだろうか?
男の中には、それが苦手なやつもいるのに。
そう考えれば、北野は正に俺の理想だ。
目的の為には、手段を選ばなさそうな、あの冷静さ。
信用するまで、相手に隙を見せないガードの強さ。
そのガードを崩し、自分だけに見せてくれる笑顔を見た瞬間。
…オチない男はいないんじゃないか?
そう。今みたいに。
俺は、唇を離し、代わりに北野の左腕を取って、目的地に向かった。
ここが、大都市の一部だから良かったのか、目的地には思っていたより早く着いた。
自動扉が開き、あの特有の匂いが鼻を刺激する。
入ってすぐにある、エレベーターに、右側には壁で仕切られた待合室。
俺は、真ん中に設置されている写真とボタンがあるパネルの前に行く。
小さな折り紙を二枚並べたぐらいの大きさの写真がいくつか並んでおり、その写真の右下に1センチ四方の白いボタンがある。
写真の下の方には、宿泊料金が掲示されていた。
普通なら、じっくり選ばせ、緊張、或は胸を弾ませ、白いボタンを押し、キーを受けとるのだろうが、今の俺にそんな余裕はない。
必死に逃がさまいと、自然と右手に力が入る。
その気持ちが伝わったのか、北野も握ってくれる。
北野の顔は見れない。
恥ずかしくてじゃない。
今見たら、隙を見せたことになり、これで終わりになりそうだからだ。
選んでいる余裕なんてない。
適当にボタンを押し、パネルの下にある受取口から、カギを取り、エレベーターに、急いで乗る。
北野を捕まえながら…。