年の差-番外編-12
それから数週間が経ち、夜は肌寒くなった頃。
卒研の中間発表が終わって、部屋でコーヒーを飲む。
あれから、北野を見ることはあまりなく、あっても廊下ですれ違うぐらいだ。
その時の挨拶といったら、以前と変わらない『学生』の立場だった。
コンコン。
ドアをノックする音がする。
「はい」
「失礼します」
と、女性の声がする。
この学科には女性は少ないし、ましてや来る用なんてない。
不思議に思っていたら、入って来たのは、バド部の結城だった。
「こんにちは、先生」
にこっと笑う。
結城はいつでも、こんな感じだ。
顔の筋肉を全て使って、笑う。
北野ほど背は高くないものの、細身の為、北野ぐらいあるように思える。
…女性を見る基準が、北野になったのかと、心の中で苦笑する。
「おう、何?」
コーヒーを啜りながら尋ねる。
「会計の印鑑を貰いに来ました」
と、言って、俺の目の前に書類を持ってくる。
「あ、会計変わったの?」
「はい。北野先輩も、4年ですからね〜雑用はさすがに、引き受けないと」
嬉しそうに言う。
この反応を見たら分かるように、本当に北野は後輩から慕われている。
同時に、もう北野と二人っきりで会話することがないのかと、心の中で少し淋しさが広がった。
季節は巡り、春になる。
この学校で働くようになってから、一年経ち、また新しい研究室配属の日がやって来た。
そのリストには高井と北野が書かれていた。
北野が入ってくるとは…
また、淡い期待が胸の中に広がった。
そんな思いがないことを、思い知ったのは、北野たちが研究室に入って数日してからだ。
用があり、研究室に入ると、誰もいなかった。
すると、どこからかバイブの音がした。
音のする方を覗いて見ると、開きっぱなしのケータイがあった。
机は北野のだった。
明るく光る画面には、誰かの写真があった。
何の気なしに、見てみると、そこには寄り添って笑っている北野と真下先輩が写っていた。
部屋に戻り、二人の接点を考えた。
…だが、思いつかなかった。
どうでもいいと言えばどうでもいい。
元は、俺の片思い。
だが、何故か嫉妬、悲しみ、切なさ…そんな感情が一気に胸の中で渦巻く。
相手が真下先輩だから?
…いや、違う。
誰であっても、だろう。
そうゆう、ドロドロしたものが胸の中にある時。
コンコン。
ドアがノックされた。
入って来たのは、1番会いたくて、でも会いたくない北野だった。
「この書類にサイン下さい。」
この口調は一年前と変わらず、事務処理の一環の様に感じられた。
ただ違うのは、会計報告に使う書類と、就職関係の書類か、だった。
この話し方も、あの時、言っていれば、少し変わっていたのだろうか?
そう思うと、後悔の念が胸に渦巻く。
「…はい」
サインをした書類を北野に渡す。
「ありがとうございます。…あ、一つ言い忘れてました」
ドア付近で、振り返り、こっちを見る。
「自意識過剰かもしれませんが…私、今幸せです。」
半年間、お互い触れることがなかった話題が、気持ちが、封印が解ける。
幸せ…それは、もう俺に気がないって意味か?
「ありがとうございました。」
にこっと、笑う。
もう、貴方には気持ちがないわ。
目がそう言っていた。
「そうか」
とても『良かったな』と言える心境ではなかった。
「では、失礼します」
頭をぺこりと下げて、出て行った。
俺はその場で、頭を抱え込んだ。