飃の啼く…第21章(後編)-10
小さな玉だった。暗闇の中で色を判断するのは、夜目の利く狗族でも難しい。だが、遠い昔の、九尾の狐が討伐される際千切られた尾が、殺生石に変化したと伝える伝承。それにあるとおり、その玉に封じ込められたのは九尾の死した身体から発せられる毒気だった。
「玉藻様…」
ただ、此度九尾が身を変えた毒薬はそれが侵す者を選ぶ。気を食らって成長する澱みにとって厄介なのは、過剰な気の摂取だ。あまりに強力な気を一気に吸収すると、メルトダウンを起こしてしまう。この玉の中にはそれを可能にするほどの気が収められていた。
「…っ!」
青嵐が、不意に膝を突いた。
「何です…?!」
強大な力に引き寄せられて、青嵐の身体に漣が立つ。磁石に反応する砂鉄のように青嵐の体を黒いものが覆いつくし、おびただしい数の棘がそこから突き出た。
「あぁあああぁ…!!」
「青嵐!!」
ヤマアラシのような異様な姿に目を見張る南風は、青嵐が狙っているものが何か、考える前に玉を手にとって握り締めた。まだ温かいそれに、こみ上げてくる感情を押さえつけながら胸に抱く。
あおあらしがゆっくりと顔を上げる。その顔さえ、蟻が集(たか)った様に真っ黒で、ツララのように棘が突き出していた。
「それを寄越せ!小娘!!」
青嵐の声とは似ても似つかない、わめき声の合唱のような声が小部屋中に響いた。今や目の前の男は真っ黒い闇に飲み込まれて、すらりとした男の面影をも消し去っていた。膨れ上がった真っ黒な文字の群れは、ぞろぞろと蠢きながら新たな呪いの文字をつむぎだしてゆく。
「寄越すものか!!お前たちのような憎しみの化身に破壊されるために、御九尾がお命を犠牲にしたわけではない!」
小部屋の全ての壁に、青嵐の身体から伸びた棘が深く刺さり、さらに新たな棘が生えては壁に突き刺さっていった。
「小五月蠅い小娘が!ではお前を先に葬ってくれる…」
その棘が波のように押し寄せてくるのを剣で切り払いながら、呪い文字の中央に埋もれているはずの男に向かって叫んだ。
「情けない!千年にわたって狗族の秩序を守ってきた青嵐は、亡霊に利用されるだけの傀儡に過ぎないのですか!?しゃんとなさい!十九代目青嵐会頭首、青嵐!!」
「乳臭い餓鬼が、噛み付いたところで何の痛痒も感じぬわ!」
暗黒の生き物は、そう叫んで黒いとげを突き出した。南風は、身をこわばらせたまま、しっかりと玉を抱いて亡霊の塊をにらみつけた。だから、自分のほうに目にも見えない速さでせまった黒いとげが、喉もとの一寸手前で停止した様も、しっかりと見えていた。
「黙ってろ…亡霊ども…!!」
くぐもった声が、文字に埋め尽くされていた部分から聞こえてきた。強い意思のこもったその声に、呪い文字は力を失い、逃げるようにその身体の中心から消えていく。上半身が露になった男は、その目に威厳を光らせて、亡霊に命じた。