飃の啼く…第21章(前編)-9
「…じゃあ、“くび”って…“首”じゃなくて…」
「九尾(くび)のことだ。最も、九尾がまだ生きているなんてこと自体、軽々しく口に出してはいけない…ましてや、それが八長の一人であるなどとしれたら…」
「ちょ、ちょっとまってよ。」
言葉と身振りで飃を制した。八長なら、私はその全員と会ったことがある。琉球、九州、四国、中国、越後に蝦夷、目の前にいる武蔵と…京都を有する…
「近畿の…?」
飃は静かにうなずいた。
「だって…!その話が本当なら!」
九尾の狐なんて、知らないものが居ないくらい名の通った大悪党だ。そんな伝説のようなものがまだ生きているってだけでもありえないのに…
「それが、人間の祈りの力だ。珍しいことではない。」
「でも…」
いいかける私を遮って、
「天神様と人間が呼ぶ、菅原 道真も、元は悪霊だった…。」
と、飃が言った。確かに、あの夜私に言葉をかけてくれた玉という女性は、そんな恐ろしいことをするようには見えなかった。
「だが、青嵐にとっては、そんなことは関係が無い。何年だろうと九尾を見張り、そのために特別の組織まで作って九尾を閉じ込めておいた…。青嵐自体が組織化し、やがて人間世界とも密接に関わりあう異形たちの自警団になった今でも、青嵐の存在意義は九尾の狐にあるのだ。」
「九尾の首を…確実に手の届くところにおいておきたいってこと?」
いつにも増して険しい顔つきの飃を見下ろすと、飃は静かに言った。
「ああ…止めを刺すためにな。己を含む七長は、実質九尾を守る側の立場だ。九尾のためだけでなく、青嵐のためでもある。」
“神”に昇華した九尾を手にかけるのは最も恐ろしい罪であり、その罰は殺した本人のみならず、狗族全体にまで及ぶだろう。だから、彼らは待つ。九尾が息を引き取った瞬間に、その喉元を掻っ捌くため、その級首を掲げ、滴る血をあびるためだけに、千年もの間、青嵐の亡霊は目を光らせているのだ。
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―嵐は唐突に、ほんとうにいつの間にか彼を包んでいた。目の前には、片腹に穴の開いた父。血の海のなかに正座して、穴から後ろの景色が見えていたことまで、良く覚えている。
「いいか、颪。」
父は言った。痛みのために空気を吐きだすのがやっとの、父の声は震えていた。
「わしは死ぬる。次の青嵐はお前じゃ。」
「ああ。」
血が、颪の座っているところまで流れてくる。とても暖かい。これが今まで、父の中を駆け巡り、彼を戦わせてきた力。その力を失うにつれて、あんなに大きかった父が、強かった父が、しぼんでゆくように見えた。