飃の啼く…第21章(前編)-8
あんたもお逃げ。
心優しい、男の妻は言う。
ここだって安全じゃないのだから、と。
その美しい女は笑って忠告に耳を傾けたあと、心優しい女の喉もとに喰らいついた。
全ての女の生き血を浴びて、その女は声高く笑った。
これで永遠の美貌を手に入れた、と。
女を殺そうとした男たちもことごとく引き裂かれ、逃げようとしたものは背後に迫る炎に焼かれた。
昔々、物語が物語として語られることを覚える前、物語として語られるべきではないこの凄惨な現場を、見ていたのは一人の男だった。
そして、女の噂はふっつりと途絶える。
男が死に、男の息子が死に、男の孫が死んだ。
男のひ孫が大人になった時、宮中にとある噂が立つ。
たいそう美しい女が帝の寵愛を受けているそうだが、どうにもおかしい。あの女が御所に入ってからというもの、帝は人が変わったようになってしまった。
―たいそう美しい女。
男のひ孫は、その話を聞くや否や、都に住まう陰陽師の元に参じた。
―あの女は、化け物です。行く先々で己の美貌のために何人もの女を殺し、帝をたぶらかして腑抜けにする、九つの尾を持つ狐です。
そして、九尾の狐、その名を玉藻と名乗った美貌の女は、その金色の尾の一本も残らず断ち切られ、その地に眠った。
悪神を祀って、凶事を未然に防ぐ神となすのはこの国の古来からの慣わしだ。その地に眠った九尾を、人間が祀った。それを、男のひ孫はずうっと見ていた。男のひ孫のさらにひ孫も、ずうっと、ずうっと九尾を見張っていた。
やがて人間の祈りが九尾を悪神から神に変えた。それでも、男たちはずっと、九尾を見張っていた。
最初の男の名を、息子が継いだ。息子の名を孫が継ぎ、孫の名を継いだひ孫の名を…
そうして、千年以上のときが流れた。
男の名は…青嵐。
この壮大な、目もくらむような突拍子も無い話をしたのが、目の前に座る真顔の飃で無ければ信じたりはしなかったろう。