飃の啼く…第21章(前編)-4
「雨音か…なるほど、覚えておくとしましょう。」
そうして、身を翻して私たちの家の方角へ歩き出した。私たちが追いつくと、彼女はその手に握っていた剣についた雨粒を払ってから鞘に収めた。
「私のここに居ることを読めぬくらい貴方の勘が鈍っていたなら、腕の一本でも頂戴しようと思ったけれど…。」
そう言って、彼女は不気味に笑った。
「あなたはやはり見所がある、飃。さ、家に案内してください。」
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ドアを鳴らすチャイムに、茜はうんざりした声を上げた。
「はぁい!」
どうせまた新聞の勧誘だ。そんなものはいらないと、何度いってやったら諦めるのだろう?いっそのこと包丁でも持ち出して脅してやれば二度とこないかもしれない。イライラしながら英語の課題のノート上にシャープペンを放り投げて、ドアの向こうの相手に当たりそうな勢いでドアを開けた。
「新聞なら要らないって何度……」
目が合った相手は、どうみても新聞を進めに来るようなタイプではなかった。目ぶかにかぶったハンチング帽の下から、見覚えのある金色の、やや下がり気味の目が光る。とはいえ温和な印象はかけらもなく、地黒の肌は真っ黒な獣を連想させた。
「あなた…。」
「探屋さんはご在宅かい、嬢ちゃん。」
探屋は、彼女の同居人である風炎の二つ名だ。いまや彼の存在は都市伝説になっている。彼の請け負う仕事は、ほとんどが犯罪に関わるか、関わる一歩手前という危険なものだ。茜はそれを承知していたし、そんな職業を営む彼の住処に、容易く他人の侵入を許してはいけないことも解っていた。でも、目の前に立つこの狗族には見覚えがあった。
「あなた、颪…ね?バーのマスターをやってる。」
男が笑うと、鋭い犬歯がちらりと見えた。
「良くご存知で…で、居るのかい、奴さんは?」
茜は少しためらってから、うなずいた。
「入って。」
風炎に来客を告げる。仕事の話が始まるなら、席を外したほうがいいかと、茜は部屋に戻った。とは言え、風炎の仕事がこの住処に立ち入るようなことは、今回がはじめてだった。茜が部屋に戻るやいなや、男たちの低い話し声が聞こえてきた。…それを聞き逃す手が、一体何処にある?茜はドアの近くにイスを寄せて、密かに二人の会話を聞いた。