飃の啼く…第21章(前編)-3
雨がやむ気配は全く無く、雨の白い軌跡が、ループ再生された映像のように宙に浮かんでいた。
「止みそうにないね…」
ふぅ、とため息をついて、肩に力を入れる。傍らを見上げると、何事にも動じない、というあの瞳が私を見返していた。
「行くか?」
うなずいた私の手にはスーパーの買い物袋。タイムサービス終了ぎりぎりで帰宅し、“お一人様一つ限り”の頭数を増やすために強引に飃を動員した。買い物袋を手分けして持って、二人の両手がふさがるほどの収穫を得た。稼ぎがあるのだから何もそこまで…と、飃はいつも言う。でも、チラシの上の赤や黄色の文字を無視することは出来ない。
そして、赤や黄色の文字を追いかけるために焦っていた私は、こんなに雨が降るほど曇っていた空を見逃していた。跳ね返しが足をぬらすほどの雨の中に、私たちは足を踏み出した。
家まで半分の距離まで来た頃には、もう身体が濡れるとか、そんなことは気にならないほどびしょ濡れになっていた。ここまでずぶ濡れだと、笑いさえこみ上げてくる。
「帰ったらお風呂に入らなきゃね…その前に服を着替えなきゃあ…」
ざぁ、という雨の音に負けないように、大声で言う。私が見上げると、飃がにやにや笑って私を見下ろしているところだった。
「手伝ってやろうか?」
馬鹿!といういつもの応酬。でも、心の中では拒む気などないことを彼は知っている。だからまだにやにや笑っているのだ。
その笑いが不意に途切れた。私をドキッとさせる、張り詰めた表情が、さしかかった曲がり角の向こう側を見据えていた。
「誰だ?」
気の弱い者ならば、悪いことをしていなくたって謝りたくなってしまう、そんな声色にちっとも臆する風もなく…むしろその敵意を楽しむような余裕さえ携えて、一人の女が姿を現した。
「…さすがは武蔵を束ねる長…女に飼いならされた、ただの狼に成り下がったわけではないようですね。」
ポニーテールにひっつめた長い髪が腰まで垂れていた。その挑戦的な表情を覆うものは何もなく、雨粒が目にはいる、こんな状況でも瞬き一つしなかった。
「私は“くび守(もり)”頭首、南風(はえ)。くび守は臭いを持たない…なぜ私がここに居るのに気付かれました?」
飃は厳しい表情を崩さなかったが、口調だけは変わった。
「雨音のあたる音に違和感が御座いました。」
彼女ははは、と笑った。