飃の啼く…第21章(前編)-2
「おれの連れ合いになれるような女がいねぇんだよ…こいつと結婚するか、さもなくば独り身を貫くか…そう思わせる女なんて…そうはいねぇや。」
火をつける当てのない煙草をカウンター越しにシンクに投げ捨てて、グラスの中の酒をあおった。
ジュークボックスが次に選んだのは、皮肉なことにロマンティックな昔の歌だった。
―恋に落ちたら
それはきっと永遠の恋…
「でもさ…颪は確かに変わってるけど…」
納得いかない様子で言いかけるカジマヤを、少し笑って、颪は言った。
「ま…一生独り身で通したって、おれはかまやしねえよ。」
顔を覗き込むカジマヤを振り切るようにジュークボックスまで歩いていき、甘ったるい曲を消した。
「…ほら、お子様はもう帰れよ。」
「お子様じゃねぇよ!」
憤慨してカジマヤが声を荒げる。
「お子様の兄貴がこの間釘を刺しに来たぞ。おまえ、あんまり家を空けてやるな。お袋が心配してるみてぇじゃねえか。」
それを言われたカジマヤは、う、と言葉につまる。カジマヤの母親は、彼の村をしつこく襲っていた澱みから逃れて別の村に身を寄せていた。その澱みを去年の秋に飃とさくらの助力あって倒したのだ。やっと帰ってきた我が家なのに、カジマヤは本州の都会に入り浸っているので、母親は寂しがっている、と、カジマヤの兄であるウミカジが言いにきたらしい。
「ま、男ってのは母親の思い通りにならないくらいがちょうど良いって言うからな。でも、お袋さんにあんまし心配かけんじゃねぇぞ。」
「はいよー。」
うんざりといった声を上げる。颪に説教されるようじゃおしまいだとぼやく語末を、ドアベルがカランコロンと攫っていった。
ドアが閉まる小気味良い音がカウンター席に腰掛ける颪の耳に届いた。その瞬間、颪は崩れるように床に突っ伏した。
「つ…あぁっ!!」
耐え難い痛みに身をよじって、かろうじて叫び声をあげないように奥歯を食いしばった。堪えていた汗がとたんに噴出して、うずくまる彼の鼻を伝って床に落ちた。収まらない痛みに喘ぎながら、鋭い爪で床を引っかき、わき腹にもう片方の爪を食い込ませた。まるで…そこにこの痛みを引き連れてきた何かがあるかのように。
「くそ…収まり…やがれ…!」
全身を襲う絞るような痛みが指先から収まり、代わりに痺れに変わっていく。ようやくままなるようになった呼吸で酸素を吸い込み、びしょぬれになった身体をカウンターにあずけた。荒い息を幾度かついて、解けた前髪を再び後ろに撫で付けた。震える指で煙草を引き出して、火をつける。煙を吸い込むと、まだわき腹に残る痛みがすこし和らいだような気がした。紫煙を吐き出して、しばらく虚空を見つめていた。思い立ったように煙草を消して、地上へと続く急な階段を上り始めた。
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