飃の啼く…第21章(前編)-15
「おれが匿ってることを疑うなら、この腹の黒いので説明は付くだろう。こいつらは九尾を目の前に我慢できるほど行儀よくはねえからな…。実際、行方不明になったとわかってから暴れてしょうがねえんだ。」
カウンターに戻って、シンクの下からスコッチのボトルを取り出すと、片手で注いで一気にあおった。
「…南風、お前が九尾を匿ってないなら…おれたち以外の誰かが掻っ攫って行ったか、それとも…」
そして、ボタンを再び閉じ始めた。
「九尾が自ら逃げ出したかだ。」
「青嵐…。」
そう呼ぶ南風を、少し哀しそうな顔で笑った。
「…ああ。一応、そうなんだよな。」
そして、乱れた髪を後ろに撫で付けてから、再びカウンターに立った。カウンターのタイルの壁にもたれて、南風と視線を合わさずに続けた。
「九尾守が警護している御所に立ち入れる奴は居ないといってもいい。」
二人の間に、主従以外のどんな関係も存在しないと明らかにするために。
「九尾守が逃がしたんでなければ…可能性として最もありそうなのは、九尾守頭首のお前には秘密裏に、側近だけ連れて九尾が逃げた…これだろう。」
「で、ですが…。」
颪は、俯いたまま低い声で言った。
「命が惜しくなったか…或いは別の考えがあるのか。おれにはわからねぇ。青嵐はやつの気持ちを察してやるためにあるんじゃねぇからな。」
そして、顔を伏せたまま南風のほうをちらっと見た。
「髪を直しとけ…飃達が来る。風巻(しまき)。」
暗がりから、短く詰めた、はっ、という声が帰ってきて、南風は身をこわばらせた。今まで気配すら感じさせなかったもう一人が、カウンターからは死角になっている暗闇から現れた。
「何でしょう、若?」
風巻と呼ばれた狗族は低い声で颪に問うた。短刈られた黒髪から突き出る耳が、狼狗族であることを教えている。主以外の狗族などその場に存在しないかのように、南風には一瞥もくれなかった。
「飃と風炎をつれて来い。女房がくっついてきても気にするな。ついてきたいというものを拒む必要はねえ。どうせ禁じても無駄だろうからな。」
は、ともう一度簡潔な返事を返して、風巻は一瞬でその場から消えた。釣り上がった鋭い目が、その刹那一度だけ南風を捕らえた。
その後訪れた沈黙は、溶けた金属が徐々に冷えて固まっていく様子に、どこか似ていた。
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