飃の啼く…第21章(前編)-13
「皆して他にはなんて言ってる?」
「無責任で、威厳が無く、女垂らしの癖に…」
南風が、カウンターのイスから立ち上がる。挑戦的な目が、まっすぐ颪をにらんでいた。
「こういう意見もありますわ。いつまでも結婚なされず、お世継ぎも無いので…」
そして、はっきりと嘲る様な笑みを浮かべた。
「青嵐は…不能であらせられるとか。」
その言葉に、頬を引きつらせて怒り狂うと思っていた南風の予想は外れた。颪は、おかしそうに笑い出し、まるで南風が最高のジョークをいいでもしたかのように笑い続けた。そして、ゆっくりと南風のほうに歩いてくる。
「不能か!こりゃいいや!」
迫る颪に、南風は思わず後ずさった。怖かった。初めて目の前の男に恐怖を感じ、それが当然であることに今気付いた。この男は青嵐なのだ。紛れも無く。
狭い店内の壁が、何歩も行かないうちに背中に当たった。以前笑いの止まらない颪は、壁際に追い詰めた南風の顔の両側に手を付いた。笑みが一瞬にして消えた。
「試してみるか?あ?」
南風には言葉も出なかった。彼女や九尾に危害を加えるものなら、例え男でも、難なく切り捨てることが出来る南風の剣の切っ先さえ、この男を前に鞘に引きこもり、戦うことを拒んだかのように、動くことが出来ない。
「あ…私は…」
颪の目は、赤みを帯びた金色に輝いて、まるで炎を宿しているかの様だった。青嵐は、凍りついた南風の首筋に顔をうずめて、深く匂いを吸い込んだ。
「生娘の匂いがするぜぇ。南風…」
声の調子ががらりと変わって、奇妙にうわずった笑い声が混ざった。虚ろで、誰かが颪の傀儡(かいらい)を操っているようにさえ思えたけれど、目だけは…南風のそれのさらに奥を覗き込めるほど鋭かった。壁についた腕の隙間から、動くようになった身体を壁からもぎ取るようにして逃げた。
「なぁ…“おれ達”はずっと待ってたんだよ…お前のような女が来るのを…」
足音もたてずに、颪は一歩ずつ確実に間を詰める。
「腕っ節が強く、血筋もいい。多少性格には問題があるかもしれないが、生娘であるのは都合がいい…」
一方、後ずさる南風の背中には、狭い地下室の、別の壁が迫っていた。
「お前が生真面目で、性欲のかけらも、恥じらいも持ち合わせてない死んだ魚のような女だったとしても問題はない…要は青嵐を孕めるかどうかだ…試してみるか?」
「ふざけるのはやめてください!」
颪の目が刹那、蜃気楼のように揺らいだ。南風が瞬き一つする間に、彼女と颪の距離は0になった。文字通り。
南風の顔の両側に肘をついて、颪が南風にかがみこんだのだ。
「…青嵐…何を」
口付けが南風の息を奪った。
「…っ!や…!」
言おうと開いた唇に、舌が滑り込んできて、それさえ言葉にできなくなった。犯すように容赦のないキスが、逃げ場のない彼女の舌を貪った。その間にも、颪の手が南風の胸元に伸びてくる。
「や…め…!」
南風は、振りほどいた手を真っ直ぐに颪の頬に打ち込んだ。