飃の啼く…第21章(前編)-12
余りにじっと見つめられるので、南風は気恥ずかしさに頬を染めること無く憤慨する。いささか無礼が過ぎるのではないか?
気をそらそうと口にする。
「飲み物はお断りしたはずですが?」
「おれが飲むんだよ…あんたのはついで。」
真面目な南風をからかう度に颪の顔に浮かぶ笑いに苛立ちを覚えながらも、南風は大人しくカウンターに腰を下ろした。
「私はここにこんなことをしにきたわけではありません…御九尾(おんくび)…」
「九尾を連れ出したことについて、申し開きでもしに来たのか?」
容赦なく厳しい口ぶりで、青嵐が遮る。
「青嵐の目の届かないところに隠したのはお前らだろ。」
二人の目が、はたと合う。
「本来青嵐の傘下にあるべき九尾守が、まんまと九尾に懐柔されやがって…あの女にたぶらかされて、どこかに匿(かくま)ったんだろうが。九尾守はいつから九尾の使い走りになりやがった?」
「私は…!」
「お前が仕えているのはこのおれだ。気に食わんかも知れねえがな。お前らは“会”を裏切ったんだよ!」
そう言って、グラスを乱暴に突き出した。それを受け取って、南風は反論する。
「あのお方をかどわかしてお命を脅かしているのは、青嵐、貴方でしょう!それに、あのお方の名誉のために申し上げるが、あのお方は懐柔などなさらなかった!」
馬鹿にしたように眉を上げる颪を、睨みつけて南風は続ける。
「あのお方は…いつか自分が青嵐に止めを刺されることも、それがもうじきであろうと言う事も知っておられます!私がその青嵐の一員だと知っていて、それでも…。」
カウンターの向こうで彼女を見下ろす颪の目には、冷酷とも言えるほどの激しい怒りが宿っていた。
「おまえが、優しくされただけでころっと参っちまう様な子猫ちゃんだとしっていたら、親父もお前を首領なんぞにおかなかっただろうにな。見る目ってもんが…」
南風の震える手が、グラスの中身を颪にぶちまけた。
「恥を知りなさい!いくら貴方が至らないからといって、お父上の名を汚すことはなりません!」
上気した南風の顔に、幾筋かのほつれ毛が垂れていた。金色の目が燃えるように颪をにらみつけていたが、ぎゅっと寄せられた眉根が、泣き顔を作ろうとしているようにも見える。颪は、カウンターのタオルで顔を拭い、黙ってそこを降りた。
「ああ…まったく、至らない青嵐だよ、おれは。」
薄暗い店内を、南風のほうに近づく颪の目は、ギラリと光っていかにも獣のそれだった。