飃の啼く…第21章(前編)-11
―恋に落ちたら
それは永遠の恋
それか二度と…
「また“おまえ”か…」
聞く気もないのに胸焼けしそうなほど甘い曲をかけるこのジュークボックスを、処分することを考えながら颪は電源を切った。
こんな歌を聞いてるとは思われたくねぇしな…
ドアベルがなる前から、そこに気配があるのはわかっていた。冷たく新鮮な風が地下室に吹き降りてくるのに背中を向けたまま、
「飃の兄さん…しばらく、その女と二人で話しをさせてくれねぇですかい…」
上のほうから、飃の声がする。
「…わかった。」
飃が静かに戸を閉めた後も、颪は背を向けていた。
「…降りて来いよ。」
返事は無く、ただ階段を下りてくる足音だけが、彼女の意思を代弁していた。
「…失礼します。」
カウンターの席、颪の隣に腰を下ろして、南風は辺りを見回した。
「いい店ですね。ここに毎日引きこもっていらっしゃるというわけですか?」
とげのある言葉に、颪は余裕の笑みを浮かべた。
「ああ…。隠れ家ってやつだ。飲むか?」
いいえ、と真面目に断る南風の顔を、颪がようやく見る。
目の前の女は綺麗だった。若かった頃彼女の表情を彩っていたであろう、挑戦的ともいえる程の輝きはなりを潜め、代わりに、秘められた自信が彼女の身体の中に満ちているのが解った。
南風は、言い出そうか迷っているように見えた言葉を呟いた。
「煙草…すってらっしゃるのですか?」
「ああ。」
「道理で居場所がわからないはずですね…貴方からは狗族らしい匂いが全くしない。」
その言葉に秘められた皮肉を軽く受け流して、颪はカウンターへ向かった。
本当は、煙草を始めたのにはそんな効果があるという理由もあった。青嵐としての彼を知っている者に、“颪”の隠れ家を見つけて欲しくなかった。自分はまだ、“青嵐”にもなりきれて居ないし、疑いようもなく“颪”という狗族であった頃の気ままな生活と、夢を捨てる気もなかった。
目の前の女はずいぶん彼とは違うようだった。とっくの昔に使命を受け入れて、今では骨の髄まで“九尾守”になっているようだ。彼女が九尾守の頭に任ぜられたのは、颪が青嵐を継ぐ数ヶ月前だから、歳はそう変わらない。そのくせ、協議や仕事の席でいちいちまじめに説教を垂れるこの女が颪は嫌いだった。幼い頃から九尾守の一員として仕事をしてきた彼女は根っからの“九尾擁護派”なのだ。そのことさえなければ…と、彼自身何度思ったことだろう。颪が彼女に対して何の好意も抱いていないといえば嘘になる。