『my dream』-3
小さい頃は消防士になりたいとかパイロットになりたいとか、そんな無邪気な夢は持っていた。しかし、両親に世界中を連れまわされるにつれて現実社会の厳しさを知り、次第に夢を持つ事を考えなくなった。目の前の現実を生きるために人は学び、努力している。勉強なんかを学校で頑張って、卒業して行き着く先が俺の将来…そんな風にしか考えたことがなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。
「でも何かあるでしょ?こんな風な仕事に就きたいとか。」
あまりにも彼女がしつこかったのでこの際はっきり言ってしまう事にした。自分が今夢を見ると言う事に対してどう考えているのかを。
「本当にないよ。夢なんて。そんなもんあったって意味ないだろ。」
「えっ…どうして?」
「だってそうだろ。人間誰でもいつかは死ぬんだぜ。夢叶えて何になるって言うのさ。俺は夢なんか持たない方が良いと思う。持つとしたらそれは“何に対しても頑張って上に行く事”だね。そうすればそれ相応の富や名誉だって手に入るだろうし。こんな風に言ったら失礼かもしれないけど、君の言ってる事ってただの奇麗事なんじゃない?」
彼女は驚いていた。それは普段大人しくしている俺が突然口調を荒げたからなのか、それとも自分の夢が真っ向から否定されたからなのかは分からなかった。しかし、彼女は怯むことなく俺に反論してきた。
「何で!?夢見ることがそんなにいけない?」
「いけないとまでは言ってないさ。けどもし君の夢が叶わなかったらそれまでに費やした時間は無駄になる。違うかい?」
「それはそうだけど…」
「まあいいよね。君はそんなこと気にしなくて良いんだから。日本の芸能人って儲かるんだろ?多少現実逃避してても、大丈夫なんだろう。」
やばい、そう思う頃にはもう遅かった。俺は彼女から見事な平手打ちを喰らっていた。
「何?さっきから聞いてたら奇麗事だの、現実逃避だのって! 夢も持てないような人に言われたくないよ!」
「夢が持てないって…俺は持とうとしてないだけだよ。俺は何年も社会の現実ってものを見てきて…」
「違うよ!直くんは怖がってるんだよ! 夢を叶えられなかった時の自分が怖いんだよ!だから夢が持てないんだよ!」
少しの沈黙…そして彼女はそれ以上何も言わず、走って校門の方へと姿を消していった。彼女に殴られた左の頬は未だにビリビリとした痛みが走っていた。今思えば、別に彼女を怒らせたかったわけじゃない。ただ自分の生き方を分かって欲しかった。ただそれだけだった。
あの出来事から俺と彼女はあまり顔を合わせなくなった。彼女が俺を避けていたのか、俺が彼女を避けていたのか、分からない。でも彼女と会わないことで俺は内心ホッとしていた。彼女の言うとおり、俺は臆病なのかもしれない。
そして、大学二年生に上がる一ヶ月前、俺はある転機を迎えた。それは俺が大学の掲示板の前を通り過ぎようとしたときだった。ある張り紙が俺の目に止まった。
(オーストリア留学生の募集か…)
この留学はオーストリアのウィーンの大学で一年間のホームステイをするというものだった。俺はしばらくそこに立ちすくんだまま考えた。今までは両親の都合でいろんな国を連れ回されていたが、今度は自分の目的のために、夢を探すために祖国を発つ。そうすれば何かが変わるかもしれない。俺は夢を見つけられるかもしれない。そう考えた俺は早速、留学の申請をした。そして伸輔と亜由にもいつも行く喫茶店でこの事を話した。一応、話しておくべきだと思ったから。
「お前、どういう事だよそれ!」
いつも行く喫茶店、普段からあまりいない客が二人の大きな声のせいでこちらを見た。
「言ったとおりの意味さ。ウィーンに留学する。」
「留学って…香苗のことどうすんだよ!?」
「どうするって…別に付き合ってるわけじゃ…」
「そうじゃなくて、喧嘩別れしたまま行くの?香苗、絶対自分のせいだと思って落ち込むよ…」
彼女なら有り得る。あの時のように強い一面持ちながらにして、意外と傷つきやすいところもある案外、扱いの難しい人なのだ。その点、亜由は入学してからの付き合いなのでよく分かっていると思う。