やっぱすっきゃねん!U…A-1
「…た、ただいま……」
自宅に帰った佳代は、消え入りそうな声を放つ。しかし、リビングに居た母親の加奈と弟の修は、まったく気付かない。
仕方なくノロノロと玄関を上がり、這うように廊下を歩いて行き、
「…ただいま……」
疲れ切った顔でリビングに現れると、エアコンの効いた部屋のフローリングに力無く倒れ込む。
「ああ〜、気持ち良い……」
埃まみれのユニフォーム姿のままテレビの前に長々と寝そべる。イヤでも加奈と修の目に入る。
「姉ちゃん!汗臭せぇから風呂に行けよ」
修は顔をしかめて不満をぶつける。が、加奈は娘の態度が気になるのか、
「今日はヤケにバテてるわね?」
問いかけに、佳代は寝ころんだまま顔だけ加奈に向けると、
「…それがさぁ、今日、新しいコーチが決まって……」
「藤野コーチでしょ」
「なんで知ってるの!?」
佳代は、驚きの声と共に半身を起こす。対して加奈は当然とでも言いたげに、
「先週、ドルフィンズを辞めたもの」
それは夏休み最後の練習での事だった。ミーティングの最後で、藤野一哉は突然、辞めると言い出したのだ。
親達は色めき立った。
これまで、監督の立花と一哉の2人に指導を頼み、自分達は手伝うカタチで練習を行って来た。
だが、一哉が辞めた場合、立花1人と自分達だけでは荷が重すぎる。なんとか留任してもらおうと説得しようとした矢先、彼は言った。
〈新たな目標が出来たから辞める〉と。
それと佳代の言っていた〈臨時コーチ〉の件が頭の中でダブったのだ。
佳代は、びっくりさせようとしてアテが外れたのが、気に入らないとみて口を尖らせ愚痴っぽい口調で、
「…だったら教えてくれたって良いじゃない」
「びっくりするから面白いんじゃない。それに、テスト中でそれどころじゃなかったでしょ?」
「…まあ…確かに…」
くやしいが加奈の言う通りだ。
「そっかぁ、来年になれば、またコーチに教えて貰えるのか」
修は頭の後で手を組み、天井を仰ぐと喜びの声を発した。口には出さなかったが、一哉がチームを去ったのが余程辛かったのだろう。