辛殻破片『甘辛のエクリチュール』-1
詳しくは教えてくれなかったけど、透くんはこう言っていた。
「あいつさ、また一人でなんとかしようと無理してた」
所詮は他人なのかもしれないけど、その人は他人でありつつも他人じゃない人。
わたしが煎れた紅茶を飲んでくれた人は、そこからもう『他人』じゃなくなるのだ。
その人のために、もっと美味しくもっと香ばしく、もっと魅力ある紅茶を作りたいから、もっともっと味わってほしいから。
───力になれなかった。
『おまじない』が簡単に効いてくれたら、どんなに嬉しかったことか。
「…ヘルパーと言いますか…家政婦は難しいですよ。 …あなた……」
ゆらゆらと此方に浮かぶ雲を見つめながら、独り言を呟いた。
将太さんだけじゃない、凪さんも『不安』を抱えていた。
明るい太陽のような目つきだった女性が、急に鼠色の虚ろな目つきをした女性に変わるなんて。
容姿も変わっていて、どこか小さくなっている気がした。
強いて言うならば、
子供のころのわたしを見ているようだった。
「ふう」
困惑していた。
彼らはお客様なのだから、昨晩の残り物なんてお出し出来ない。 故に新しく料理せざるを得ない。
まだ寝ていたら、の話ではあるけど。
炒飯を作るか、カレーライスを作るか、ハヤシライスを作るか。 それを決めるためにずっと店内をうろうろしていた。
嘸かし店員さんから見れば挙動不審者にしか見えないだろう。
実際に一人、わたしをじーっと見張る若い男性の店員さんがいた。 と言っても、なんだか様子がおかしい。
魚類の食材が詰め込まれたプラスチックの箱を両手で持ち抱えたままで固まっており、更に顔を赤くしてどんどん食い入るようにこちらを凝視してくるのだ。
…よくわからないけれど、そんなに重たいのかしら?
男性に近づき、反対側からプラスチックの箱にそっと手を添える。
「へ?」
硬直も解け、この状況に早々気付いた様子の男性は、未だに顔が赤かった。
「あの、手伝います。 どこに持っていけば…」
「…あ! いや! いえいえいえいえいえ! そんな! 別に! 悪いっス! これは自分の仕事なんス!」
「そ、そうですか。 えと、ごめんなさい、差し出がましいことでした」
最近の若い男性は立派です…と思いつつ、謝罪の念を込めて頭を下げた。
と同時に男性に「頭を上げて下さいっス!」と言われたので頭を上げた。