辛殻破片『甘辛のエクリチュール』-7
「どんな理由があったとしても" 不登校 "は決して悪いことじゃない。 けど、そのままの状態にしておくのは、自分にとっても周りにとっても悪いこと」
「…はい」
「子供は時が経つにつれ、家族や恋人といった『大切な人』を守らなくてはならない大人に成長するのだから」
「…はい」
「迷惑をかけた代償を払うのはそれからでもいいの。 自分自身を見つめ直して、今何をやるべきなのかじっくりと考えて、何回か深呼吸をして、そして初めて行動しなさい」
「…はい」
一つ返事だけど、確かな誠意は伝わった。
ふじやくんの顔つきが見違えるほど凛々しくなっているのは、誠意の証。
喜んで受け取ろう…。 ちゃんと背中を押してあげる。
「お母さんに全てを伝えることが出来ますね?」
「…もちろん。 今更だけど、やっと気付きました」
「うん!」
「あうっ!?」
なんだか嬉しくなってしまい、ついつい抱きしめてしまった。
胸にふじやくんの頭が埋まる。 ちょっとくすぐったい。
「ふふふっ」
愛し子を優しく扱うように、頭を撫でてあげた。
「…ん…」
「良い子は…良い大人に…」
わずか数秒の間、永遠の中にいるようで全く時空の流れを感じない。
この状態を恥ずかしく感じたのか、ふじやくんが不意に喋り始める。
「…あの……お姉さん…」
言葉の振動が直接胸に当たり、こそばゆい。
「ん…どうしたの?」
母性本能故か、どうしても声質が甘くなってしまう。 たとえて言うなら、母乳を吸う赤ちゃんに優しく問いかける乳母ののように、優しく艶がある声で…。
「服が……汚れちゃいますよ…」
「あ……」
そう言えばそうだ。 自分は全く気にも留めなかったけど、これじゃふじやくんに迷惑がかかる。
何か名残惜しいものを感じつつ、ゆっくりとふじやくんから離れる。
「ごめんなさい。 汚れを広げてしまうなんて…」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて」
「せめてお詫びを────そうだ!」
ポケットからあるものを取り出す。
生涯使う予定のなかった、一枚の紙切れ。
取っておいてよかったです、業務用の名刺────。
「え?」
「わたしの名前と住所と電話番号が記載されてるものです。 ふじやくん、これを…あなただけにあげます」
ふじやくんの両手に指を絡ませ、名刺を握らせる。
「そんな、いただけないです。 個人情報とか、いろいろ」
「いいんです。 辛いとき悲しいときに、ふと、この名刺に目を向けてくれれば、それで…」
「……………………」
まさかこんな風に渡すことになるとは思いもしなかった。
笑ってしまう話です。 一人の少年に名刺を授けるなんて。