投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

甘辛ニーズ
【コメディ その他小説】

甘辛ニーズの最初へ 甘辛ニーズ 56 甘辛ニーズ 58 甘辛ニーズの最後へ

辛殻破片『甘辛のエクリチュール』-6

「最初に……このナイフはなんだと思いますか?」
「……」
 頭にクエスチョンマークを浮かべるふじやくん。 …そりゃそうですね。
「まあわからずとも…わたしとふじやくんがぶつかった瞬間、わたしのお腹にはナイフが刺さりました」
「……えっ」
「それでもこの通り、服は赤くなっちゃいましたが、生きています。 何故でしょうか?」
「………」
 刃物が刺さっても死なない人間なんて滅多にいない。 相当な筋肉質の男性ならまだしも、わたしは女性なのだ。
 でも…この場合は例外。
「…答えは簡単。 Simpleです」

 左手の掌にナイフの刃先をぐぐぐっと押し付ける。
 当のナイフの持ち主のふじやくんは驚いていたが、やがて呆気にとられたような顔を作り始めた。
「……あ…」

 そう、これは『おもちゃ』だ。
 手品などによく使われる、刀身が柄に引っ込むタイプの『おもちゃのナイフ』。

「ほんのちょっと軽い痛みがするだけで、何の変哲もないおもちゃです。 食材も上手く切れませんし、物体を刺しても刺せないナイフです。 フランスでも売ってましたからね」
「…………」
「じゃあ…わたしの服やこのナイフに付いてる『赤い液状のモノ』は何か…そろそろわかるはずですよ…?」

 『目眩』が起きると視覚が奪われたり、『耳鳴り』が起きると聴覚の力が弱まったり、これらのような現象は人体において様々な影響を及ぼしてしまう。
 尤も『興奮』は一時的に人間の感覚・理性を崩す現象であり、たとえば" 『嗅覚』さえも崩す現象である "…。

「…炊事の手伝いをして、ふじやくんは何を切っていたのですか?」
「………トマト……」

 " ナイフ片手トマト片手に "…" 躓いてしまったら "…。
 ふじやくんはあまりのショック故の興奮に気付いていなかった、その状況と、この匂いに。

「お母さんは…ぐったりとして目を覚まさないと言ってましたが、もしかしたら『勘違い』ではないのでしょうか…?」

 躓いた拍子に『ぶつかる』ことだって無くはない。
 もし後ろが壁だったとしたら、頭を『ぶつけて』、少しの間だけ失神してしまう例はたくさんある。

 これで全てが証明された。




 『東柑子』の表札が掛けられたその家は、至極普通の一軒家だった。

 改めて思う。 雪柳家はやはり大きいのですね…と。

「…ふじやくん、わたしのこと、恐いおばさんだなー…とか、思ったりしました?」
「…いっ…いいえ、そんなことは…ないです」
 言いつつも目は伏せ気味で、少なくともわたしには嘘をついてるように見えた。
「まあ…当たり前の結果ですね。 …でも、ふじやくん、最後だからこれだけは聞いてほしい」
 どんなに嫌われようとも後悔はしない。
 あとはふじやくんに大切な『罪』を気づかせてあげることにより、わたしの役は終了する。


甘辛ニーズの最初へ 甘辛ニーズ 56 甘辛ニーズ 58 甘辛ニーズの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前