年の差-6-1
「ちょっと、出るね」
肩をぽんっと叩いて、菜海は出て行った。
パタン。
大きなスライドドアが、静かに閉まる。
「悠…久しぶりだな」
改めて、挨拶をする。
「久しぶり…元気そうだね」
にこっと笑う。
しかし、今の状況で笑っても、作り笑顔にしか見えない。
それぐらい、彼女は変わってしまった。
彼女はどうしてしまったのだろうか?
何があったんだ?
俺と別れた原因は何?
聞きたいことは山ほどあるが、どれから聞いたらいいか分からない。
すると、彼女の口が開いた。
「私ね、癌なの。」
さらっと、言う。
「陸と別れる前に、発覚したの。せっかく院、合格したのにさぁ〜」
アハハハ、なんて笑いながら言う。
何で笑えるんだ?
「…何で言ってくれなかったんだ?」
絞り出すような、声。
正直言って、泣きそうなんだ。
そんな時から、こんな風になってて、それに気付かない。
「…言えないよ…言えるはずないじゃん。いつ、いなくなるか分からないのに」
静かに、しかし悲しそうに話す。
そうだよな。
言えるはずが、ないよな。
俺でも、同じことをしていただろう。
『悠と別れて下さい』
…は?何、言ってんだ?
取り出したキーを、ドアノブの下に、差し込む。
『冗談きついぜ。何…』
『別れて下さい』
前川は、俺の顔を見ず、足元のみを見ていた。
『意味が分かんねーんだけど』
ドアの方を向いていた俺は、前川の方を見る。
何でこいつは、俺に頭下げてんだ?
だいたい、本人はどこだよ?
なんで、悠が来ないんだよ。
『悠は?』
それだけ、聞いた。
『来ないです。多分、一生』
顔を上げる。
その顔には、何か一つの決意が見られた。
『…は?お前、何言ってん…』
『俺が、必要なんです。悠が欲しいんです。先輩とは、もう離れた場所に行くからいいでしょ』
今までの前川には考えられないくらい、冷めた声。
何で?
前川が?
え!意味が…
理解出来ねぇ。
…冗談か?
『おい。いくらお前と仲がいいからって、それは…』
『冗談じゃないんで。なんなら、ケータイに連絡してみてください。』
やれるもんなら、やってみろ。
目が、そう言っていた。
俺は、スラックスの右ポケットに手を入れる。
奥の方に手を進めると、固く冷たいものが触れる。
急いで、それを掴み取り出す。
電話帳から、悠を探す。
手が冷たいから、上手く動かない。
あ…か…さ…た…な…
方向キーで選ぶ。
な…か、あった。
真ん中の大きな決定キーを押す。
中島悠と、大きく名前が表示される。
通話ボタンを押す。
トゥルルル…
いつもは楽しみで仕方なかった呼び出し音が、今日はやけに長く感じる。