Kaleidoscope kurebaiiyo-2
うちの中にある全ての私物を持って、朝起きると父はいなかった。少しずつパーツを買い揃えて改良していたロードサイクリング用の自転車と、その関係の雑誌。キャンプ道具から本、服はもちろんまくらに至るまで。
まるで夜逃げみたい。父は何も悪くないのに。
そう思う一方、あたしは母だけでなく、父に対しても怒りを感じていた。
離婚話の言い争いの間、あたしと弥玖のことはほとんど話題に上らなかった。父と母のどちらと暮らすかについて何も聞かれないまま、父がいなくなったから母と暮らすことになったのだ。
父は、母とセットでないあたしたちはいらないらしい。そういえば必要のないものはあっさり捨てる人だった。
何も納得できなかった。裏切られて捨てられた。両親にとってあたしたちは彼らの人生にはなんの関係もないのだ。
父親が出ていってから本当にいつも、こんな気持ち。雪が解けた後の学校のグラウンドみたいに、ドロドロでグチャグチャで汚い。
……どうでもいいや。
最近のくせだ。理解しがたいことが多すぎて考えることをやめたのだ。
ちょうど受験生だし、と集中できる数学の問題集に取り組む。数分後に今年の文化祭のミスター1年の2位に、環の顔写真が張ってあったことを思い出した。
親父が再婚しようとしている。親父はこれが3回目の結婚だ。
俺と嶺の母親は、物心つく頃にはもういなかった。みんなは病気で死んだと言うが、本当はどうか知らない。母親の写真なんて一枚もないし、遺品もどこを探しても見つからない。たぶん出ていったのだ。今もどこかで生きているのだ。それに気付いた小5の冬、もう母親のことは考えないことにした。
それから年が明けて小6の時に、親父が再婚した。歳の差が10ある若い女で、いつも親父しか目に入っていなかった。
4年間の結婚生活も虚しく、今回の再婚が決まると女はすぐに家を追い出された。
あっというまに家を引き払い、同じ市内の外れに引っ越してきてもう3ヵ月になる。
相手の彰子には子供がいた。1つ上と、3つ下。
姉の天梨は、少し茶色い長い髪と大きい眼が印象的だった。妹の弥玖は髪は肩くらいで面長に切れ長の眼はあまり姉には似ていなかった。
3ヵ月たっても、そんな見かけのことしか知らない。家では全く話さないから。
天梨とはなんと同じ高校だった。見覚えがあるような気はしてたけど。もちろん、廊下ですれ違っても目も合わせない。
「環、お前の新しい母親どんな?」
休み時間の教室で慎治がいきなり聞いてきた。とたんに俺の机のまわりにいつものメンバーが集まる。前の席の慎治、背が高く細長い小野、すごい笑いのセンスを持っている祥司、隣りの席の佐々木サンに、彼女の瑠禾(るか)だ。
「あー、前みたいに若くないよ。オバサン」
「なんだ、ガッカリじゃん」
祥司が昨日経験した嘘みたいな出来事を披露する。その有り得なさに爆笑していると、クラスの女子に名前を呼ばれた。振り向くと入り口に天梨が立っている。
わざわざクラスに来るって!!てゆうかそもそも俺が何組か知ってたのか?
予想外の訪問によくわからないままドアの方に向かうと、俺の弁当箱が差し出された。
「え」
「お母さんが間違えたみたいだよ。あたしの、たぶんあなたのとこにあるから交換して」
もっと冷たい話し方をされると思っていた。驚きながら鞄を開けると、確かにいつもより小さい包みが入っていた。
「それじゃ足りないでしょ」
そう笑って教室へと帰っていった。慌てて「ごめんっなさいっ」と叫んだが、もう振り向かない。
自分の席に戻ろうと回れ右をすると、クラス中の視線が集まっているのが分かる。いちはやく瑠禾が駆け寄ってきた。