鏡界線-3
「父は、わたしに、案内人の努めを振ってくれたわ。だから、今、わたしはあなたに物語を伝えている」
案内人たる女性──男の娘──〜桃〜ペシェは、わたしにそう告げた。全てが、繋がった。
彼女が、双つの物語を、さも視てきたように話したのは、実際に彼女が当事者だったからだ。そして、それをわたしに話したのは、わたしが伝言の届け先だったから…………
「なぜ、あなたの父は、わたしに伝言を……?」
わたしは問うた。最期の謎は、それだけだ。すると、案内人は──
──それは、あなたも物語だからよ──
──彼女は、全てを教えてくれた。
夢を視て、鏡の世界で死んだ少女は、自らの死の間際に、一人の娘を産んでいた。その少女こそ──
「その少女こそ、あなたなのよ──アリア」
「…………え?」
わたしは、虚を衝かれたように動けなくなった。いきなり、幾多の物語が、最期にわたしに繋がったのだ…………
「父からの伝言、それは、無事に鏡の世界から抜け出せた、あなたへの伝言だったのよ」
そんな──全ては、廻っていたなんて…………
その瞬間、わたしはついに気付く!
「待って!行かないで!ペシェっ!」
この館は────
「残念だけれど、伝言はもうおしまいよ、アリア──」
この館には────
「だから、最期に一つだけ…………」
「嫌っ!最期なんて言わないでっ!」
この館には────アレがっ!
「この物語を、あなたが、心から愛する誰かに伝えて欲しい────」
この館には、あの鏡が在るっ!!
「行かないでっ!逃げないでぇっ!!」
案内人という役職は、ついにわたしに回ってきたのだ──!
彼女は──〜桃〜ペシェは、部屋を飛び出し回廊を駆け抜けて行く…………わたしは、懸命にそれを追った。
そして、とある部屋に辿り着く。
ペシェはその部屋に入り、そして、振り向いた。
追い付いたわたしは、彼女の背後に巨大な鏡が在るのを確認し、愕然となる。
「案内人としての役目を終えた者たちは──鏡の向こうに逝かねばならない」
彼女は言う。だが、そんなものは関係ないのだ。
「案内人なんか関係ないっ!あなたは──ペシェは、まだ生きられる!」
わたしは叫んだ。部屋を満たすわたしの声が、しかし彼女には届かなかった。
「さようなら、アリア。そして、ごめんなさい、ペシェ──」
逝かせてはならない──だが────
半瞬後……そこに、彼女の姿は無かった────────────
あら、いらっしゃい。こんな夜中にお客様なんて、珍しいわ。さぁ、上がってちょうだい。
ここは、あなたには何もしてあげられない場所。けれど、一つだけお話を聞かせてあげることができるわ。
それは、哀しい『案内人』として死んで逝った、一人の男と、二人の少女の物語……
え?わたしの名前?
うふふ、当ててごらんなさい。
そうね、ヒントは……『詠う』よ。解るかしら?
いいわよ、解らなくても。
では、お話の前に、この館の鏡をあなたに視せてあげるわ。この物語は、その鏡から始まり、そして、零に繋がる哀しいお話……
けれど、一つだけ約束をして欲しいの。
──この物語は、あなたが心から愛する誰にも伝えてはいけない。二度と、この哀しい物語を繰り返さないために──