青い記憶-4
「やらし〜い」
「年頃の男はこんなんやで」
「あほ」
笑いながらパソコンへと顔を戻す美幸の華奢な背中を俺はしばらく眺めた。
美幸は生徒を"ちゃん・くん"で呼んだり、あだ名で呼ぶ人やった。
だから、唯一俺だけを呼び捨てで呼ぶんは…………多分深い意味はないと思う。
カタカタと美幸が打つキーの音だけが響く空間。
穏やかな時間やった。
少し暑さが和らいだ10月上旬。
テストの最終日、俺は帰路につく周りとは別の方へと足を進めていた。
何もためらいもなくドアを開ける。
「美幸〜」
「あっ、陸」
何やら美幸は慌てふためきながら、机の上に広げていた書類を片づけた。
俺は前と同じように浅く椅子に座る。
「テストできた?」
「まぁまぁ」
美幸は束ねていた細くてきれいな髪をほどいた。
陽に透ける髪がきらきらとキャラメル色に光る。それを俺はぼーっと眺めた。
「どうしたん?」
不思議そうに首をかしげる美幸。俺は手に持っていた袋を机の上に置く。
「それ、返しに」
「あぁ、タオルか!」
俺は美幸の赤い口元に目をやった。
「その色似合ってへんね」
「え?」
俺は自分の口元に手をやってみせる。
すると美幸は理解したように目を大きくする。
「あぁ、口紅か」
「赤よりピンクのが似合ってるんちゃう?」
「あたしもそう思うけど…彼氏がくれた物やから」
恥ずかしそうに微笑む美幸は教師じゃなく、女やった。
何となく俺は目を逸らしたくなった。