Ethno nationalism〜激突〜-9
(…明日のハイドパーク……)
藤田に恐怖は無い。むしろ、その先にあるだろう、真実に触れられるかもしれない事に高揚していた。
ふと、遠くに視線を移す。橋の向こうの城下街の先、ひときわ高く見える建造物、ウィンザー城が見えた。
ナイトガウン姿で窓辺に佇むマリア。その姿は悩ましささえ湛えている。
窓からは、垂れ込めた雲に合わせたかのように、くすんだレンガの建物が続いている。
マッケイは〈明日の準備をする〉と言って早くから出掛けていった。
ひとり残されたマリアは、ルームサービスで朝食を摂ると、出掛ける事なく部屋をさまよっていた。
再びベッドに戻るマリア。
眠るわけで無く、ただ瞳を閉じて横たわる。
(…明日さえ終われば……)
手の甲を目元に乗せた。目尻から涙がつたい流れる。
(お父様、お母様……お祖父様、お祖母様……)
マリアことナターシャ・クチンスカヤは、静かに涙を流した。
ウィンザー散策からアパートに戻った藤田は、シャワーを浴びていた。熱いシャワーで、冷えた身体を温める。日本のようにバスタブに浸かりたい気分だ。
シャワーを終えると、くつろぐ間も無く身体を乾かし、服を着替えて再びアパートを後にする。彼は〈最後の晩餐〉と洒落込むと、街のレストランへと出掛けて行った。
ウィンザーに着いて4日目。初めての外食だった。
シチュー皿に盛られたチキンティッカマサラを口にする。
味はチキンと野菜のスープカレーといったところか。
ピース・ミートパイはイギリスの伝統料理らしく、パイ生地の軽快さと、ひき肉の濃厚さが合っている。
そして、デザート代わりのフリッターはフルーツパイといったとこか。シナモンの香りが強く、藤田には合わなかった。
それらの料理を口に運びながら、グラスに注がれたギネスを旨そうに喉を鳴らす。
夜8時。充分に食事を堪能した藤田は、レストランを後にした。
久しぶりに飲んだアルコールに酔ったのか、少し足元がふらついている。
外灯のともる道をゆっくり歩くこと10分。アパートが見えて来た。
ドアーを開け、寝床に向かう。
服を寝間着に着替えると、ベッドに潜り込む。
すぐに眠気がやってきた。
ベッドサイドのナイトランプを消した。
それは、久しぶりの心地よい眠りだった。