特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.6-14
「お前が思ってるより相澤はガキじゃないと思うな」
大河内の声が脳内を反芻する。見えもしないゆりの顔が浮かんでくる。
ちょっと丸くてぷっくりしてて、胸以外も触り心地の良い身体を思い出す。目立つような美人でも可愛い子でもない。ぽちゃっとした愛らしい子だ。厚ぼったい唇や、さらさらに矯正された髪の毛、ミニスカートから覗く丸いひざ小僧とか。
そう思い始めると会いたくて仕方なくなる。顔が見たくて、手で触れたくて。
「薫。俺、行くわ」
スツールから降りて足早に店内を歩く。もちろん、この酒は大河内の奢りである。
ドアごしに振り返り、にやっと笑うと大河内も同じ笑みを返した。片手を上げて挨拶をし、バーを出た途端、走り出していた。
周りの人々が驚いて振り返るが、全く気にせず走った。バーからマンションまでタクシーだと初乗りの範囲だが、走ってみるとすぐに息切れを感じる。先程のアルコールがハードルにはならないが、日頃の運動不足ですぐに脇腹が痛くなる。七月の夜は幾分涼しくて走りやすいが、マンションが見えた頃には全身が燃えるように暑かった。
相澤ゆりだけが持つ「特別」が俺を虜にして止まない。こんな気持ちを人は皆、どんな言葉にするのだろうか。
走りながらどう言い訳をしようか考えていた。謝るのが先か、思いを伝えるのが先か、それとも力で捩伏せて全てを奪って気持ちを押し付けてしまおうか。
エレベーターに乗りながら考える。荒い息継ぎは少し収まってきたが、脈打つ鼓動は一層せわしく全身の筋肉を震わせる。
少しの時間でさえ勿体なくって急いでしまう。エレベーターを降りると足は勝手に早足になった。
鍵穴に鍵を突っ込み、ガチャンと音が鳴る。
ゆりは一体どんな顔で迎えてくれるのだろうか。
自分は一体どんな顔で気持ちを伝えるのか。
わからない。
明日、泣いてるのか、笑っているのか、それだってわからない。
わからない、けど―――
ドアを開けるとゆりが眩しそうな顔で笑っていた。
思わず土足のまま近寄り、ぎゅっと抱きしめる。一瞬驚いた様子だったが、ゆりは慈しむように優しく包みこんだ。
今までの自分が余りにも滑稽で涙が出そうになる。恥ずかしくて顔を擦り付けるとゆりが頭を撫でてくれた。
「なあ、ゆり。俺……な、」
相当情けない顔であろう俺が、相当情けない言葉で告げる。
どう告げて、どうなったかは…………想像にお任せするよ。
「竜也も不器用な奴だな」
残されたバーで煙草を燻らせながら大河内は呟いた。
そんな悪友に悪い気はしない、と低く笑ってアルコールを口に含む。
「まあ、俺も不器用なんだろうな」
夜空に輝く月の様に、自分の気持ちを迷いなく照らせたら。
3年5組25番 相澤ゆり
未来はまだ予測不能だが、甘いか辛いかは自分次第だぜ?
残すは、あと三名だ――――
《FIN》