飃の啼く…第20章-5
「えぇ〜!?」
「さくらねぇちゃん!スナップが利いてないよ、スナップが!!」
生意気なシーサーにしてやられて、私はますます闘争心を燃やした。仕舞いには、人だかりに気づいたウミカジがカジマヤを連行していって終わった。黄昏の匂いが、旅館のロビーから不意に香ってくる。そろそろ私も準備をしなくちゃ…。
私がロビーに出たとき、カジマヤと、私の知らない何人かの狗族が集まって私を待っていてくれた。なんだか修学旅行みたいな雰囲気だなあと一人ごちた時、そういえばカジマヤとの最初の出会いは修学旅行の時だったと気づいた。下手をすれば羽目を外した学生なんかよりよっぽど性質(たち)の悪いこの集団は、女将さんのお見送りに元気に答えて旅館を出た。いい大人も混じってるのにこのはしゃぎ様…つくづく狗族、もとい日本人はお祭り好きだ。
東の空の淵に塗った群青が、だんだん溶け出してきた。それでいて西の空にはまだ燃えるような茜空が広がっている。薄暗い通りを、露店の明かりと提燈が照らして、祭りの空気を完成させていた。私たちが目指す神社は、駅から続く大通りをまっすぐに下ったつきあたりにある。飃の舞はどんななのだろう。何でもそつ無くこなしてしまう彼のことだから、私はただ楽しみにさえしてればいいのだけど…
「さくらーっ!急げ急げーっ!」
遠くからカジマヤが呼んでいる。時計に目をやると、神楽が始まるまであと…10分!
「わーっ!急ぐ!急ぎます!」
私はわけのわからない宣言をして、急いで彼の後を追った。
神楽舞はちょうど始まった所だった。一般的な神楽としては、天岩戸に身を隠した天照大神を再び出てこさせるためにアマノウズメの舞った舞を演じるものや、スサノオの尊の八岐大蛇退治などが有名だけど、この神社の神楽はまさに、この神社の神主が大昔に狗族を助けたときの話を演じている。
華やかな笛の音色と、こちらの身体の中まで震わすような太鼓の響きが、観客の意識を一気に掴んで舞台に向ける。
木材で出来た古い舞台は荘厳なつくりで、舞手の舞踏の音を良く響かせた。私は言葉を失って、その演舞に見入る。
お神楽が始まって気づいた。これは事実であることに。御伽噺とか、寓話なんかじゃなく、紛れも無い真実だった。証明に照らされて浮かび上がる舞台を、桜の花びらが時折横切る中、登場したのは武具を身に着け槍を手にした男の神楽師だった。