飃の啼く…第19章-20
―どうしても…彼が死ぬのを見ていることは出来なかった…
たった一つの目的、たった一つ自分に期待されていたことを、果たすことを拒んででも。
そうして、糸を断ち切った愚かな操り人形は、支えを失って地面にくず折れた。
それだけ。
それきり。
茜は、萎えた腕を無理やり上げて、かきむしるように点滴の針と皮膚を固定していたテープをはがす。自由になった両腕で、忌々しいマスクを取り去った。体を起こすと腹が痛んだけれど、痛み止めのせいだろうか、それほどの苦痛はなかった。何のためらいもなく、裸足の足を冷たい床につけた。立とうと試みたけど、ひざが笑ってしまって床に尻をついた。
「…っあ…!」
振動に、体が一瞬悲鳴を上げる。文句を言うような体中の痛みが収まってから、もう一度ベッドの淵に手をかけて力をこめた。
―誰も省みず、誰も必要としないこの体…処分すら拒まれたのなら、自分で行ってやる。
そして、ドアを開け、壁に手をついて階段を目指した―上へ。
申し訳程度に灯った階段の踊り場の蛍光灯を頼りに、一段ずつを、両足で上ってゆく。
息苦しくて、別に欠陥があるわけでもないのに、喉に手をやる。すると、何かがある。それをむしりとって、初めて見るようにまじまじと眺めた。
「Forever Friends」
―こんなもの…!
振り上げた手。捨ててしまえば良い。あんなに必要とされている、あんなに命を懸けて護りたいと思われているさくらが…恨めしくて…羨ましくて…
「……!!」
振り上げた手を、そのまま壁にたたきつけて、再び上階を目指す。
階段は尽きて、そこには簡素なサッシの引き戸があった。車椅子の患者のために作られたスロープを、足を引きずるように辿る。そして、引き戸を開ける手が、止まった。
誰かいる。
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「飃はもう戻っていいよ。今夜は私がついてるから。」
飃が、すこし心配そうに私を見た。
「お前だって休んでいないだろう。」
私は首を振る。確かに休んでいなかったけど、本当に体が必要としていなかったのだ。
「平気。茜の傍についていてあげたいの…せめてもの罪滅ぼしだから。」
私がこういうことを言うのを余り好まない飃は、
「お前に何の非がある?」
と聞いた。これで何度目になるか…問われるたびに曖昧に返答してきた。飃を悲しませてしまいそうな気がしたから。でも、飃が傷つくのを恐れて口を閉ざすのは卑怯だ。