飃の啼く…第19章-2
「君は、そう思うのかね?」
私は歯を食いしばった。怒りや憎しみのためではない。吐き気を堪えるためだ。
獄は、ポケットからベルを取り出して振った。リーン…という音が間の抜けた響きで空気を震わす。すると、病院の壁が、ものすごい音を立てて抜けた。二部屋同時に。
そこには二つ穴が開き、その中には二人の姿があった。両手を鎖で持ち上げられ、あらがう気力も奪われて。
「な…!?」
私は両方の目でしっかりと見た…手遅れだったこと。そして、これがまだ、終わりではないことを。
私の中のあなじがどくんと脈打つ。嬉しそうに。
―嗚呼…イイょお…憎め…もっと憎め…
「黙って!!!」
私は声に出して黙らせる。
「黙って…っ!!」
深呼吸も、今の精神状態では焼け石に水の如く、私の中の憎しみの炎の温度を一度たりとも下げることはできない。それでも私は一度目を閉じて、深く息を吸った。
「さて…ここで授業の復習だ、お嬢さん。」
至極嬉しそうに、嬉しそうに、嬉しそうにそいつは言った。
「どちらか手に入れたい片方を手に入れるために、どちらを手放す?」
右の部屋には、茜。気を失って、鉄の冷たい鎖に無理やり体を起こされているけれど、痛めつけられた形跡はない。
左には飃…彼は…ああ、彼は…体中血まみれで、髪はもつれ、うつむいたまま肩で大きく息をしていた。
どくん
―早く、殺させておくれよ…ねぇ。
「さあ!」
獄の、脅かすような声が私を現実に引き戻す。私は言葉を忘れて、それ以前に考えることすら出来なくて…
「あ…」
口から出たのは、弱弱しい音だけ。獄はため息をついて、腕時計を見た。
「一分で決め給え。一分経って結論が出なければ…両方殺す。」
体中の血が頭に集結して、爆発しそうだった。混乱が脳の動きを鈍くし、怒りで視界さえ曇った。恐怖で身体は震えて、その全てがごちゃ混ぜになった混沌の中で、あなじの声がスピーカーからの声のように大きく聞こえた。