飃の啼く…第19章-19
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誰かがあたしを呼んでいた。
姿は見えなくて、ひどく哀しい声だった。
女の声だったように思う。
―タスケテ
何?
―此処カラ、出シテ
貴方は誰?ここって何処?どこかに閉じ込められてるの…?
―タスケテ
あたしを…あたしを必要としてくれる?まだ、あたしを…
目を開くと、ぼやけた視界が薄暗かった。
ここは、何処だろう。頭はぼんやりとしていて、耳鳴りがごわんごわんと耳の中で聞こえている。幾度か目をしばたいているうちに、光の粒子が正しく整列したみたいに、ものがはっきり見えてくる。白い天井が、ぼうっと光るようにそこにあった。では、ここはまだあの病院の中なのか…
「…っ。」
体が、というより、腹が痛い。しくしくするような痛みは、彼女が経験したことのない鋭いものだった。
―ああ、そうか…
低く唸る呼吸器の音をようやく意識して、彼女は思った。
―あたし、あいつに向かって突進して…それで、あいつの周りに急に煙が出てきて…
煙は獄を取り巻いて、襤褸のようなその体を攫って行こうとした。一瞬のうちに、止めを刺そうと刀を突き出した彼女の腹を、割くものがあったのだ。
―あれは…獄がやったのではなかった。もっと別の何かが、あの煙の中に居た。
そして彼女は気を失って、ここに居る。枕に張り付いたような気がする頭を、何とか動かして部屋の中を見る。そこはどうやら個室の病室で、窓からは街の明かりが見えた。
そして、誰もいない。
誰も いない。
このチューブは何なの。この、ふざけた緑のマスクは何?腕に刺さった忌々しい針は?
誰があたしをここに繋ぎとめた?頼んでも居ないのに、こんな一人きりの世界に繋ぎ止めたのは何処の愚か者なんだ?
所詮、使い終わった道具なんだ、私は。そして、たった一つ与えられた使命すら果たせずに、むざむざ永らえてしまった。誰も省みないこの体を、無駄に繕って…
悔しい。
力の入らない歯を食いしばる。
悔しい。
壊れて飛び散った正気を、どうすることも出来ずに両手にたたえて、呆然と見下ろすだけだった自分を、あの人はずっと見ていた。あの人は…叱咤も、同情も、軽蔑もせず、自分の傍にいてくれた。