飃の啼く…第19章-18
「なぁ、さくら。」
「うん?」
飃が上を見上げた。
「空…?」
飃を追いかけて上を向く、と。
「わぁ…!」
そこには満点の星空があった。こんなに星が綺麗に見える夜は何年ぶりだろう。息づくように瞬く星の群れは、街の明かりより格段に美しい。
「星が増えた。」
飃が言わんとしている事はわかった。以前に比べて星がよく見えるようになったのだ。
「綺麗…。」
「最近、よく思うことがある。」
星を見るのをやめていた飃は、今度は街の明かりを見ていた。
「己たちの戦いに、一体何の意味があるのだろうと。」
心臓が止まるかと思った。実際は、肋骨を打つほど高鳴ったのだけれど。
飃も同じことを考えていた…。
「狗族と澱み、いや、妖怪や神族と澱みの戦いならば…こんなに迷うことは無かった。だが、奴らは人間を犠牲にする。そうまでして…」
飃はため息をついた。まだ油断できない夜の冷たい空気が、白く煙った飃の息を風下に攫っていった。
「己たちは…滅ぶべきなのかもしれない。」
「―飃!」
「意固地に戦いを続けて、更に人間に危害が及ぶかもしれん…そうなったら…。」
飃は立ち上がった。フェンスに手をかけて、うなだれる。
「そうなる前に。」
私が、自分でも思っても見なかった強い調子で言った。飃は振り返って、私を見た。煌く夜景。それを遮って立つ影に二つの意思持つ灯があった。
「出来ると思うか?」
実際、私たちは黷を怒らせた。黷の怒りは、澱みの怒りだ。私たちを殺すと宣言したからには、きっとどんな手だって使うのだろう。そして、去年の夏、夕雷が奪った密書のこともある。総攻撃は今年だと。もう今年に入って4ヶ月が過ぎた。澱みは、いまや不穏な燻(くすぶ)りなどではなく、火柱へと成長しつつあった。そう、この戦いは、もう私たちだけのものではない。延長線上には他の妖怪や神族や…人間が居る。
「やらなきゃ。」
こんな状況で、笑えるなんておもっても見なかったけれど、微笑んでみれば、下を向いて悩んでいた時よりそれだけで心強いような気がする。
「きっと、大丈夫。」