飃の啼く…第19章-17
「ごめんね…痛かったよね…。」
私の顔は、くしゃくしゃになって、とても恋人に見せられるものじゃなかった。だから、私は彼の胸におでこをあててうつむいたまま、言った。痛かったといって欲しい。辛かったと。またしても私のために、傷ついたといって欲しかった。
でもその代わりに、彼は笑った。
笑ったのだ。クスクスでも、ニヤニヤでもない。爆笑だった。
私が目を丸くして顔を上げると、彼はその場でしゃがんで、さらに身をよじって笑った。
「ああ…」私は覚悟した。「彼は気が触れてしまったんだ」と。でもそうではなかった。本当に申し訳なさそうに彼の顔を覗き込む私をむぎゅ、と抱きしめて、彼は息も絶え絶えに言った。
「よく思い出させてくれた、さくら!」
こんなに笑い転げる飃を見たのは、出会ってから初めてのことだった。ついに私まで噴出した。
「な…なに?」
彼の心は凪いでいた。
獄が、彼の髪をつかんで後ろに引っ張り、仰け反らせる。熱い息が耳にかかり、彼の体臭から、準備は当に整っていることが伺えた。
それからは、飃に言わせれば「ありきたり」な飴と鞭の繰り返し。そのさなか、不快極まりない行為の真っ只中でも、彼は冷静だった。そして、ついに獄の「それ」が、飃の中に…と言う時に…
ここから、飃は急に笑い出したり、狗族のスラングを混ぜたり噴出したりで、明瞭に聞き取れなかったのだが…つまり、彼は北斗を仕込んでいたらしい。彼の体内…つまり…つまり「そこ」に。
「あの時の顔!」
正直ぞっとしない光景だと私は思ったけれど、そんなことはどうでも良かった。あいつは最早欲望を達成できない。斬られた身体をくっつけることは出来ても、彼の…その、いわゆる、“それ”は既に宇宙の星の海に漂っているのだから。それを想像してまた噴いた。
「だから、お前がどちらか選ばなかったとき…奴は己を先に殺そうとしたんだろうな。」
真面目な話なのに、真面目な顔になりきれない飃が、私を胸に抱いたまま言った。
「散々痛めつけられたが、かまわなかった。このまま死んでも、己の名誉は…」
そこで彼の言葉は途切れた。私が途切れさせた。
「今度あんな風に私を置いていったら、次は飃のを切り落としてやるんだから。」
「困るのは己だけじゃないぞ、さくら。」
そして、柔らかく口付けした。
そして、しばらく黙ったまま、次の言葉を探すでもなくそうしていた。
街の明かりは、やっぱり何も知らずに綺麗で、それを脅かすものの影など何処にも見えなかった。