飃の啼く…第19章-16
―躊躇もなく茜のような何の関係も無い子供を巻き込んだ…その次点で、この戦いは狗族と澱みなどという単純な図式には当てはまらなくなっているはずなのに。何も知らない人々にとっては、いつまでたっても何も知られないままだ。どんなに多くのものが命を懸けて澱みに抵抗しているか…誰も知りはしない。
昔よりずっとものを考えるようになった頭が、時々こんな風に問いかけてくる。
―これは、意味のあることなのか、と。
その存在すら知らない人たちが、延々と澱みたちに“負の感情”という栄養を供給し続けるなか、きっと私の知っている単位では数え切れない数の澱みがこの国に居る。それを相手取って、滅びかけた種族を一日でも長く生きながらえさせることに、何か意味があるのだろうか、と。
こんなことを考える自分は嫌いだ。でも、目を背ければその醜い部分が腐って、自分を蝕み始めるのを知っていた。いや、今回のことで痛感した。だから、答えを出すまでは向き合い続ける。
―この戦いに、何の意味が?
「さくら。」
小さな声に振り返る。病室の扉の外に、飃が居た。
私は、茜の酸素マスクが再び曇るのを見届けてから、部屋を出た。
屋上に出た私たちは、戦いが終わって初めて…そう、よく考えれば初めて二人きりになった。
「まだ冷えるね。」
他愛もないことを口にする。いつもはそれが普通なのに、今日は何か特別なことを話さないとおかしいような気がした。
「ああ。」
飃が、何でもなさそうに答える。彼の腕が私の肩に回って、少し寒さが和らいだ。
そうして、二人の間には言葉が途切れた。でも、何故か同じことを考えているのだとわかった。ほんの5日前のこと。大昔に感じられるような、あの真っ暗な日々のことを。唐突に、飃が私を抱きしめた。計り知れない恐怖を伝えるために、強く。痛いほどに。
「飃・・・?」
その腕の中で、私は聞いた。腕の力が緩んで、私は話し始めるための酸素を手に入れる。
「ごめんね…。」
飃が、私の謝罪など聞こえなかったかのように
「うん?」
と言った。
「私、わがままだった…飃はいつだって私のことを思ってくれてるのに、飛び出して、つかまって…それで…飃がさ、茜のために出て行ったのも知らないでさ…もう…なんて言うか……。」
叱られてもいいと思った。叱ってくれたら、少しは気分が楽になるわけでもないだろうけれど。でも、飃は獄のところに行った。それはすなわち、彼が再びあの地獄を味わったということだ。これが初めてじゃないとか、そういうことは少しも苦痛を和らげる要因にはならないはずなのだ。