飃の啼く…第19章-15
「…いつもそんなに持ち歩くのか?」
私は頬を膨らませる。
「自分で食べるわけじゃないわよ!カジマヤとか、神立とか…もちろん飃も、夜にたまに街を回るの。澱みを退治するためにね…それでいつも作ってるから…。」
言い訳がましい私の口上を辛抱強く聞いていた風炎は、また笑った。柔らかい微笑だった。疲れで五歳老けた顔を、三歳ほど若返らせるくらい。そんな顔をした彼を見たのは初めてだ。
「ああ…ありがたくもらおう。」
「…今夜は私がついてるから、風炎はいったん戻ったら?着替えとか、取りに行きたいでしょ?」
風炎はしばらく黙って私を見た。そしてちょっとためらった後、
「そうしよう。」
と言った。帰る前に茜の頭を撫でて、病室をでる。
「風炎。」
振り返る。
「お礼がまだだったよね…ありがとう。」
何のことだ、と風炎が言う。
「神立の姿で、私に教えてくれたでしょ?あれがなきゃ、手遅れになるところだったから。」
風炎は、もう一度笑って
「何のことだか、わからない。」
と、明かりの落ちた廊下に姿を消した。
―茜…
うるさくしては体に障るので、せめて心の中で口にする。
―私をきっと恨んでるよね…
私が居なければ、いまもどこかの家庭で、幸せに暮らしていたはずの少女だった。父親が居て、母親が居て…そんな世界なら、傷ついたり、人形だ道具だと、罵られずに生活できた…
―ごめんね…
茜は、本当に子供のように眠っている。酸素マスクが規則的に白く曇るから、彼女が…“永眠って”しまってはいないと…それを確認して、ひどく安堵しなければならないこの状況が恨めしかった。麻酔のせいでほとんど身動きは取れないはずだ。だから、生きているかどうかを確認するには、その規則正しい息の跡を頼りにするしかなかった。
―ごめん。
狗族の呪歌で、茜の傷は前よりずっと良くなっている。呪歌の効果のほどは、私が体験済みだからよくわかる。それでも…意識が回復しないのはどうにもならない。
不意に窓の外に目をやる。
高台にあるこの病院からは、三階のこの部屋からでも近くの町が一望できる。ビーズをばら撒いたみたいに、家々の窓に灯る明かりが綺麗だった。