tactics-1
できるだけ突き刺すように、鋭く、冷たく。
勝負は一度きり。
「ねぇ、ショウ」
「んー?」
私の問いかけにも真面目に答えずに、ショウの視線はテレビに向いたまま。
これもいつものこと。
テレビに夢中になりすぎて、ご飯を挟んだまま箸が宙に浮いているのも、いつものこと。
「別れよっか」
「んー…?何て?」
「別れよう、って言ったの」
私が発したこの一言だけがいつもと違った。
ショウはテレビに視線を向けたままだけれど、動揺しているのはすぐにわかった。
震えた箸からご飯がぽとりと落ちたから。
「笑えない冗談だな」
「冗談じゃないよ」
ここでようやくショウはテレビから私に視線を向けた。
その目は鋭く細められている。
「私以外にも生活の面倒見てくれる人なんてたくさん居るんでしょう?だったら私にこだわる必要ないんじゃない?」
嘲笑を浮かべながらショウは私を見つめた。
蔑むようなその視線に怯むふりをする必要も、もうなかった。
「自惚れるなよ。お前にこだわってなんかいない」
「だったら尚更、ね。さっさと違う人の所に行けば?」
今度は私が微笑みを浮かべる番だった。
出来るだけ冷酷に。
主導権は私が握ったまま、後味良く別れなければ意味がない。
「なんで、急にそんなこと?」
「急、じゃないよ。あんたを受け入れたのなんてただの暇つぶしなんだから、飽きたら離れるのは当然でしょう?」
言っている自分が一番傷ついているのには気付かないふりをして。平静を装って。
さぁ、最後の言葉を。
「だから、別れて」
ぬるま湯の心地よさに浸っていたい自分がいるのは確かだけど、それに見切りをつけなきゃいけない事もよくわかっている。
どうせいつか捨てられるのなら、せめて気丈な私のままで別れたいから。
だから先に勝負を賭けて。
プライドの高い彼は、きっと綺麗に別れてくれるだろう。
だって私なんて都合の良い玩具なんだもの。彼にとっては。
「俺が嫌いになったのか?」
「うん。ダイキライ」
「そっか……」
ショウは軽く溜め息をつくと、箸を置いて席を立った。
やっと終わる。これで何もかも。
「……指輪、返してくれよ」
「あ、あぁ。うん」憎らしいくらいに輝く指輪を薬指から引き抜いて、リビングから玄関へ通じる扉の前に立っているショウに向かって投げた。
ショウは易々とキャッチすると、呆れたように呟いた。
「普通投げるか?思い出の籠もった指輪を」
「少なくとも今の私にとっては、昔を思い出すだけの陰気な指輪よ」
「あっ、そ……」
ショウは指輪をしばらく見つめた後、扉のノブに手をかけた。
勝負は私の勝ちだと、そう確信した。
けれどその想いは、一瞬で砕かれた。
「……幸せになれよ」
彼が部屋から出ていくときに言い残したその言葉によって。
扉の閉まる音を呆然と聞きながら、私は自分が勝負に負けたことを知った。
きっと幸せになんかなれない。
貴方の思い出に縛られた私は、叶えられない願いを胸に生きていくのだろう。
頬を伝う涙を拭いもせずに、私はただ立ち尽くした。
最後の最後までなんて罪な人なのだろうか。
そこが愛しかったのかも知れないけれど。