飃の啼く…第18章-7
そういえば、何日か前に、飃が一通の手紙を手に持ったまま…玄関先でしばらく立ち尽くしていたことがあった。
誰かの訃報だろうか。
また誰かがなくなった。
ああ、嫌だ…。
私の頭は、前より少しものを考えるようになった。でもそれは、私の中の闇を刺激しないように行うには凄く体力が居る作業で…私はすぐに眠りに落ちた。
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止めようとするものは多く、送り出そうとするものは皆無だった。
飃は、二日前に受け取った手紙に書かれていた場所へ行くことにすると、何の迷いも無い表情で告げた。たとえそれが、身を裂くほど悩んだ末の決心だったとしても、そんな気配は微塵も感じさせずに。
さくらのことは、イナサに頼んだ。女同士だし、彼女は強き戦士でもあるから。
そして、カジマヤ、神立、颪をはじめとする彼の知り合いには、誰にも自分の行き先を告げるなと、かたく口止めをした。これは自分の名誉の問題だからと。
「戻ってこれる…よね?」
カジマヤは、言葉少なに聞いた。
飃は答えなかった。
「さくらを頼むぞ。お前たちの命に代えても…守ってやってくれ。」
そして、彼は初めて頭を下げた。そして、仲間の元を去った。バーの扉に取り付けられた鐘の音が、いつもと変わらず響くのはどこか…滑稽でもあった。
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うずくまるようにベッドの端に座っている少女は、ようやく手足を自由に動かせるようになったのに、それを体に巻きつけるようにして動かずに居た。10年以上も前に、風炎が初めて彼女に会った時には、彼女はもっと闊達な子供だった。よく笑い、なんでもない事でも嬉しそうに風炎に話した。多分、話し相手が出来たのが嬉しかったのだろう。彼が茜の元にやられたのは、話し相手の居ない孤独な生活を送れば、人間関係を構築する能力に欠損が生じかねないからという理由からだ。最初はなんて迷惑な任務だろうと思った。よくしゃべる人間の子供相手に、何をすれば良いと言うのだ?風炎は途方にくれた。しかし、そのうちに、自分が何かすることではなく、ただ話を聴いていてやることのほうが重要なのだと思うようになった。学校で誰と仲良くなった、誰が嫌いだとか、誰が先生のお気に入りで、どの先生が気に入らないか。ただ聞いていてやるうちに、風炎はどうしようもなく人間に興味を持った。
―人間は何故こうも利己的で、欲深く、執着心も強いのか。何故病弱、貧弱ですぐに死に至るのか。それなのに地上で最も繁栄した生物であり続けるのか。
壮大な謎が、風炎の前に広がっていた。
そして、もっと首をかしげずに居られないのが、目の前の小さな少女の存在だった。
風炎が何とは無しに彼女のほうを見ていると、茜は長い髪を手で持ち上げて、首にかけていたペンダントを外した。それを手の上において、なんともいえない表情で見た。