飃の啼く…第18章-5
「厭(いや)…厭だ、許して…止め…」
一睡もせずさくらの寝顔を見つめていた飃が、彼女の表情に浮かんだ悪夢の兆しに身構える。
「はぁっ!!」
着ている服全てを汗で湿らせて、飛び起きた彼女を飃が受け止めた。夢の中で爆発した恐怖の余波が彼女の身体を芯まで冷やし、震えさせていた。彼女が自分自身であれは悪い夢だったのだとわかるまで、そうして抱いていた。
「飃ぃ…お願い…」
浅い呼吸が嗚咽に変わり、彼の腕の中で小さな体が震えた。
「…殺して…。」
むせび泣く彼女は、ようやくそう口にした。
「お前のためならば、なんだってしてやろう、さくら。だが、お前の死につながるようなことはしない。」
断固とした口調で、飃が言う。
「お願い…お願…ぃ……。」
そして、また眠りの世界へ落ちていった。彼女の夢の中に立ち入ることが出来たなら、彼は迷わずそうして彼女の悪夢を殺してやっただろう。飃には、あなじに心を奪われたときの苦しみが痛いほどわかるから。でも、彼に出来ることといえば、こうして悪夢で飛び起きるたびに、彼女を抱きとめてあやしてやることだけだった。
殺してくれ、だと…。
人間の、とりわけさくらの無鉄砲さには何度呆れさせられたことか…殺しちゃ駄目、傷つけちゃ駄目、私より彼女を助けて…。その彼女が、こんなになってしまった。
そして今度ばかりは飃にも、彼女のために何が出来るのか、わからなかった。
自分が不甲斐無いのが悔しくて仕方が無かった。彼女をここまで追い詰めてしまったのは、自分なのだと自責の念に駆られてばかりいた。今思えば、神立の鎌に塗られていた毒は、飃を狙っていたのではなく、さくらの中にあるあなじの種を覚醒させるためのものだったのだ。彼女に凄惨な犯罪の現場を見せたのも、やくざに襲わせて犯そうとしたのも…すべてさくらの心を破壊するため。今までの戦いの全ては、周到で、遠大な計画に組み込まれているに過ぎなかったのだ。
過去を振り返っても、救いになるようなものはもはや無かった。かといって、未来に何が待っているというのだろう?
依然険しいままのさくらの寝顔。悪夢を拒もうと、強くまぶたを閉じたその顔には、年齢に似つかわしくないしわが刻まれていた。
汗で濡れた寝巻きを交換してやろうと、飃は彼女の服を脱がせた。暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。このまま寝れば風邪をひいてしまうだろう。彼がボタンを外して開いた、そこにあったのは、かつて飃が知っていたあの滑らかな肌ではなく…痩せて、かすかにあばら骨が浮き出た病人の肌だった。それでも、飃は驚いたりはしなかった。さくらの寝巻きを代えるのは今夜が初めてではないし…そう。自分にもこういう経験があったから。覚悟という覚悟などしなくても、彼女の服の下がどういうで状態あるか位は、わかっている…わかっていたけれど…飃の手は、震えていた。
++++++++++++++