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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第18章-3

「そっか…。」

今度は飃がカジマヤに聞く。

「神立はどうだ?」

カジマヤは、当初あまり信用できずに居た神立が負った名誉の負傷とその度合いの大きさを見るなり、直ちに神立を弟分に認定した。飃には理解できない言葉だが、神立の行為はロイヤリティーというものの証明になったらしい。

「あいつはとりあえず大人しくしてるよ。でも、あと少しで前みたいに動けるようになると思う。」

カジマヤは、兄のような責任感を言葉の端ににじませて言った。それが少しだけ可笑しくて、飃の顔をかすかな笑みがよぎった。

「そうか…たのんだぞ。」

おう!カジマヤはそう言って、風に乗って消えた。

その風が、近くの公園に咲き乱れる桜の花をやわらかく揺らした。甘い香りが飃を包み、太陽の光を受けてまるで光っているようにも見えた。その桜を見て、愛する妻の笑顔を最後に見たのがいつだったか…思い出せない自分に気がついた。



++++++++++++++



「…ようやく殺す決心がついたってわけ?」

ひねた口調が紡いだ。

「決心したのではない…準備が整っただけだよ。」

ふん、と、少女は顔をそらした。八条さくらと一緒に居る時にはちらりとも覗かなかった、余りに険しい表情が、もともと柔和ではない英澤茜の目つきを鋭くする。

「“救世主”八条さくらのお目付け役も、とうとうお役御免だ…ずいぶんと物分りが良くなってきたと言うのに残念だが。」

当初は、友達を“売る”行為を嫌ってなかなか口を割らなかった茜だったが、獄の香と催眠によって、今では二つの顔を使い分ける立派なスパイに成長している。薬など無くても、獄の身体から立ち上る匂いを少しでも嗅げば、その匂いにあてられて茜は澱みの一員としての人格を持つようになってしまったのだ。

後ろ手に縛られた茜の手の中に汗がにじむ。

「あんたが“残念”って言うとき、とっても嬉しそうな顔してるの、知ってた?」

事も無げに吐き捨てた。

「おやおや、娘の目はごまかせんな。」

“娘”と言う時にことさら皮肉っぽく顔をゆがめて、獄がいう。

「娘が欲しかったら人形でも買って置いておくのね。そのほうがあんたにはお似合いよ…“父さん”。」

ふ、と笑って、獄は部屋を出た。立て付けの悪い木造の扉は、放置された間に歪んで、塗りつけられた白いペンキも瘡蓋(かさぶた)のようにはがれて落ちていた。それが、がたがたと音を立てて閉まる。

茜が居たのは、4畳ほどの小さな部屋だった。どうやら昔、病院として使われていた場所らしい。リノリウムの床材はひび割れて、下のコンクリートが露出していた。

ボロボロの椅子に、両手両足をくくりつけられて、身動きが取れない。獄の“躾”が、茜に何のためらいも無しに友を裏切らせるようになって、茜は完全に澱みの一員に組み込まれたはずだった。それなのにこんな仕打ちをするのは、ただ単に獄の気まぐれだ。茜の最後の瞬間まで、休ませてやる気は無いというつもりらしい。


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