飃の啼く…第18章-11
「もし、それが出来ないのが狗族なら、滅んで当然だわ…違う?つまりは、そういうことよ。たとえ人間だろうと狗族だろうと、そんな当たり前の行動を訝(いぶか)るようになったら御仕舞いってこと。」
そして、ふと思いついたように付け加えた。
「さくらは…あの子はただ単に度が過ぎているだけ。人間だからどうこうって問題じゃないわ。」
それきり、茜はふっつりと黙り込んだ。何かを押し殺すように、ペンダントは手の中に握ったまま、薄汚れた壁をねめつけている。
彼女はいつから、あんなに険しい顔をするようになったのだろう。
中学校に進学すると、彼女は獄に頻繁に面会するようになった。彼のいう「教育」を施すために。彼女は、澱みの首領の趣向に習って彼女を“娘”と呼んだ。それ以来、風炎と彼女が顔を合わせる機会は徐々に減り、お互いを必要とすることもなくなった。
風炎も彼女を「道具」と認識するようになっていた。それは…狂気じみた澱みの世界に入った彼を蝕んだ病だったのかもしれない。擾が捕まえてきては飼い潰していく沢山の同属を見捨てたときから、彼はその病に身も心も負けてしまったのだろう。
「ねぇ。」
彼女の手が、彼の肩に触れた。彼は驚いて、窓にもたれた背中をさらに押し付けた。
「…!」
「―ぁ…。ごめん。」
彼女は、拒絶を表すような風炎の態度に、再びベッドに戻ろうとした。
「茜。」
茜の手は、暖かかった。彼女の手をつかむ彼の冷たい指先も、一瞬で温まってしまうほどに。
「僕は…」
風炎の表情に、なにが見えたのだろう。茜は哀しげに微笑んだ。その微笑みは、何故か、彼女の見せるどんな表情より、風炎の中の何かをえぐった。彼女は、首を振った。
「駄目。」
そして、言った。
「そんな目で見ないで。」
手を解いて、彼女はベッドの隅に戻った。
「未練なんて遺さないようにしてきたんだから…そんな風に見られると、生きて居たくなっちゃうじゃない。」
彼女は、まるで彼と自分が仲のいい友達同士で、彼女が話しているのは他愛も無い世間話であるかのような明るさで言った
。彼女が受けていた「教育」。その教育が植え付けた「自分はただの道具に過ぎない」という認識は彼女の深層にあって、なんの疑問も抱かせず、彼女に終焉を意識させる。
「茜…。」
「名前で呼ばないでよ。貴方の名前を知りたくなる。名前を知れば、呼びたくなるわ。そしたら、今度は触れてみたくなる、笑顔を見たくなる…きりが無いわ。私のことを考えるなら、せめて穏やかに死なせてよ、ね?」
彼女は、震える声で精一杯明るい言葉をつむいだ。