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『彼方から……』
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『彼方から……』-3

そうか……

俺は死んだのか……


(ご理解頂けた様ですね……)

「……ああ……」

そしてまた、この場を沈黙が支配していた。声は気を遣っているのか俺が口を開くのを待っているみたいに感じる。

「自分が死んだなんて、あんまり実感無いもんだな。じゃあ、あんたは神様なのか?」

まるで人ごとの様に俺は言った。それはきっと、まだこの事実を受け入れられない自分がいたからだろう。

(神とでも悪魔とでもお好きに呼んで下さい。)

「はっ!全く別物だろ?」

神と悪魔が同じ?馬鹿言えよ。目茶苦茶だろ?

(いいえ、それは正解であり不正解……。力に頼り、欲望に溺れる者には悪魔と呼ばれ、自分を律し心の糧とする者には神と呼ばれる存在……つまりはあなた達人間の捉らえ方次第なのですから。)

「なるほどな。なぁ、俺はよく覚えてないんだ。あれからどうなった?そしてどのくらい経ったんだ?」

(全て、人間界においては一瞬の出来事でした。)

そう言って、そいつは話し始めた。

あの時、俺と美宇は横断歩道を渡っていた。そこへ信号無視のトラックが突っ込んで来たらしい。俺に突き飛ばされた美宇は間一髪無事だったけれど、俺はそのままトラックに跳ねられ……

(あなたは即死でした……そして人間界の時間ではあの事故から三日が経過したところです。)

「そうか、美宇は無事だったんだな。よかった……」

(わからないのです。克樹、私には理解出来ません。)

「わからない?全知全能のあんたが?」

(仮に全能であったとしても全知ではありません。だから問うているのです。教えて下さい、何故助けたのですか?あのままなら貴方は死ななかったはずです。)

「彼女を見殺しにしてか?」

(ええ…)

「好きな人を死なせたくないからさ。当たり前だろ?」

(当たり前なのですか?)

「人間ならな。惚れた女を守って死ぬなんて粋だろ?」

(ならば何故、人間は人間を殺すのですか?)

「さあな、俺は人を殺したいなんて思ったコトないからわかんねぇよ。ただ、美宇の為だったら……あいつを守る為だったら殺すかもしれない。」

(それは何故?)

「人間だからさ……」

果てる事なき禅問答……

まるでそんな感じだった。なぁ、あんたには未来永劫わかんねぇだろうな。それが人間なんだよ多分……

「……で、俺はどうなる?どのみち生き返るってのは無いんだろ?どこに行くんだ?天国か?地獄か?」

(それを決める前に最後に一つだけ答えて下さい。彼女を助ける為に死んだ事、後悔していないのですか?)

「当たり前だ!もし目の前で同じコトがあったなら、やっぱり俺は同じコトをしたよ……」

そうさ、俺は美宇を守るんだ。必ず……

何度だって……


俺が答えた後も、しばらく声は何も話さなかった。伝わってくるのは思案……
何かに戸惑い、悩んでさえいるような感覚だけが俺を包んでいる。そして戸惑いは、やがて決意へと変わっていった。

(一時の時間を与えましょう。自分の目で見てきて下さい、貴方が死したのち何が起きているかを……)


声が言い終えると白い世界が唐突に歪んだ……

風景が暗転して、俺の意識は再び遠退いていく。

(再び逢い見(まみ)えた時、もう一度尋ねましょう。そして、聞かせて下さいあなたの答えを……)

その声を最後に俺の意識は途切れた。


しばらくして意識を取り戻すと、俺は見覚えのある街並みに居た。

『ここは……』

俺の目の前にあるのは紛れもなく美宇の家だった。
今更何が出来る訳でもないけど俺は扉をノックしてみる。

『うわっ!!』

けれど俺の腕は扉を擦り抜け、そのまま身体ごと家の中に入ってしまった。

そうか、今の俺は幽霊って奴なのか……

気を取り直し廊下をゆっくりと移動していると、台所からおじさんとおばさんの話し声が聞こえてくる。

「あなた……あなたからも美宇に言って下さいな。あれから三日も経ったのに、部屋から出ないし食事もほとんど食べていないんですよ?」
「わかっている。だがしかし、痛々しくって見ちゃおれんのだ。いつも夜中に啜り泣きが聞こえてくるのは母さんも知っているだろう?」

おばさんは頷き、そこで二人は深い溜息を付いた。


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