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『彼方から……』
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『彼方から……』-13

「もうすぐ着くぞ!美宇……無事でいろ!!」

キャンプ場の駐車場に乱暴に車を停めると俺は携帯を取り出した。多分、無駄だろう……。わかっていながらも美宇の番号を押してみる。

《……お掛けになった電話番号は電波の届かない……》

「くそっ!!やっぱダメか。ポチ、お前はそこにいろ!」

車の中に携帯を投げ入れ、俺は走り出す。

ここは美宇と俺が初めて出会った場所……

母さんの話を聞いて、美宇が来るのはここしかないって俺は思っていた。

「どこだ!どこにいるんだ美宇ーっ!!」

キャンプ場を見回しても辺りに人の気配は無い。

慌てるな!よく考えろ!!想い出のここを死に場所に選んだなら、どこに行く?一番想い出に残っている場所はどこだ?

お互いの気持ちを確かめあった場所……

みんなに冷やかされながらも、二人っきりになった場所……

「ベンチ…そうか!湖だ!」

湖畔に向けて俺は全力で走る。あのベンチのある場所へ……

「…ハァッ、ハァッ…ハァッ……」

荒い呼吸をしながらベンチの背もたれに手を掛けて、俺は湖畔を見渡した。

湖面はひっそりと静まり、物音ひとつ聞こえて来ないけれど、微かな気配すら見落とさない様に俺は五感に全神経を集中させる。


………パシャッ………


湖面で微かな音がした。

そして俺の視界に映る赤いモノ……


あれは!!


『克樹、あなたの初任給で買ってくれたのは嬉しいけど……』
『すまん、美宇を連れてけば良かったのはわかってるけど驚かせたくて……無理して着ないでいいぞ。やっぱダメだな俺は……』
『ううん、克樹の気持ちが嬉しいの……だから大切にする。赤い色の服、好きだよ。ありがとう…』


全身の血液が逆流する。
次の瞬間、水飛沫をあげて俺は湖に飛び込んでいた。

水に濡れた服の抵抗は想像よりも大きく、美宇へと向かう俺を阻む。けれど必死で掻き分けて俺は美宇の許へと向かった。


……ゆら……ゆら……

美宇の綺麗な長い黒髪が揺れている。水底に横たわるその顔は微かな微笑みさえ浮かべている様に見えた。想い出の服を着て想い出の場所で……

美宇、お前そこまで俺のコトを……

横たわる美宇の腕を自分の首に回すと俺は岸辺に向かって泳ぎ始める。

死なせない……

お前だけは何があっても死なせるもんか!!

……ザバァッ!!……

「ゲホッ!ゲホッ!…ハァッ、ハァッ、ハァッ…」

美宇の身体を水辺に引きずり上げて、俺は激しく咳込んでいた。

「美宇!!しっかりしろ!」

美宇の口許に顔を近付けても、呼吸が伝わって来ない。俺は首の下に手を入れて気道を確保すると、人工呼吸をした。空気を送り込み、胸を押す。

「美宇!逝くな!逝くんじゃない!!」

再び空気を送り込み、俺は胸を押す。

「帰って来い!!生きろ!生きるんだ、美宇!!」

……ゴポッ……

何度目か繰り返した時、美宇の口から水が溢れた。

「ケホッ、ケホッ…」

美宇は咳込み、再び呼吸を始めた。

よかった……間に合ったぞ。

俺の表情が安堵に緩む。けれど、美宇の身体は小刻みに震え始めた。

「まずい!!身体が冷え切っちまってるのか!!」

俺は美宇の身体を抱き上げて、キャンプ場に戻った。

「車に運ぶか……いや、車の暖房じゃ温まらない。どこかないのか……」

辺りを見回す俺の目に一軒のログハウスが映る。

「あそこだ!美宇、もう少しだからな、頑張れ!」

美宇を抱き抱え、俺はログハウスへ急いだ。そこは老朽化が進み、今ではシーズン中に物置としてしか使われていない。美宇を抱えたまま俺は辿り着いたが、案の定入口には南京錠が付けられていた。

「チッ!カギが掛かってやがる。美宇、少しだけ我慢してくれ。」

ウッド調のコテージに、そっと美宇を横たえると手近にあった鉄パイプで俺は南京錠を叩き壊す。

「器物破損に不法侵入……どうせ大騒ぎになる頃にはこっちにはいねぇんだ。人命救助ってコトで勘弁してくれ。」

鉄パイプを投げ捨てると、再び美宇を抱き上げて埃っぽい室内に俺は入った。
暖炉の傍に美宇を寝かすと俺は室内を見渡す。すると運良く部屋の隅に薪が積んであるのが見えた。


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