結界対者・終章-19
『大丈夫だ!』
再び頭の中に声が響いた、しかしこれは……
ブルゲじゃない?
瞬間、俺は右腕を何かに掴まれて、空中に吊られる形になった。かとおもえば、そのまま持ち上げられ、上昇し再び楽箱の上へと飛んでいく。
「何だ…… これ!」
「イクト君、私だ! 判るか?」
今度は本物の声が、頭上から響いた。とっさに見上げると、そこには
「ガ…… ガーゴイル? 樋山さんかっ?」
漆黒の翼を広げた、あのガーゴイルが、鉛色の大きな爪で俺の腕を掴み、首をもたげて此方を見下ろしていた。
「そうだ、間に合って良かったよ。とにかく、このまま屋上まで飛ぶ。いいね?」
樋山……
先ほどの非常階段のあった筈の外壁が、上から下へみるみるうちに流れていく。そしてそれが途切れると、上昇していた俺達は今度はフワリと横に飛び、楽箱の屋上の真上へと辿り着いた。
「随分と酷くやられたな…… すまない、もう少し早く、私がこの姿に成れてさえいれば」
深く黒い双眸が、俺を見下ろしながら語りかける。
「大丈夫ですよ、とりあえず『かすり傷』って事になってますんで」
「ははっ、もしかして、そうサオリさんが言ったのかい?」
「え? ええ……」
「相変わらずだな、あの人は」
「そうだ! 樋山さん、サオリさんが!」
「ああ、君を下ろした後で、すぐに加勢に向かう。イクト君、ブルゲのいるオフィスは、丁度君の足元辺りの真下だ。今から、私がそこを打ち破る」
「……!」
「イクト君、私はね、セリを戦いの日々から救いたかった。だからこそジルベルトに身を投じ、結界を消滅させようと試みた」
「樋山さん……?」
「だが、結果がこれだ。もはや私には、セリを救うどころか、自分の実体さえ自由にする事も出来ない、だから……」
突然、鉛色の爪が緩み、俺は宙に放り出された。
「ひ…… 樋山さん!」
『頼んだぞ、イクト君! 君がセリを助けるんだ、君にしか出来ない、君だけのやり方で!』
頭の中に、樋山の声が響き、それに応えようと再び顔を上げた時には、もうそこにガーゴイルの姿は無かった。
落ちて行く先の、屋上の表面は裂け、そこに飲み込まれる様に、更に深く落ちていく。
ああ、樋山の…… オフィスだ!
落ち行く先に逆風を、以前間宮と空を飛んだ時の様に!
「いっけええええっ!」
風に支えられ、落ちていくスピードが緩む。やがてその、オフィスの床に降り立ち、辺りを見渡す。
すると、目の前にはあの、ギス・ブルゲが驚愕の眼差しで立ち尽くしていた。