トラ恋!秘めた想い--side.理香---1
なぜだか分からないが孝次は、何度話しかけてもこちらを向いてはくれなかった。
「ちょっと孝次、歩くの速いってば」
「……」
「ねぇ、聞いてんの?」
「うっせえ」
「わっけわかんない……待ってってば」
孝次と私の付き合いは、小さい頃……物心つく前からずっとあった。
なのに、未だに孝次が何を考えているのか、よく分からない時がある。
昔からそうだった。
嬉しい、悲しいといった感情を、孝次はほとんど爆発させたことがない。
どういうことかというと、孝次が涙を流しているシーン、それが記憶のどこにも見当たらないのだ。
孝次がどういう人間なのか、ずっと一緒にいた私でも、まだまだ分からない所が多い。
でももしかしたら健一さんなら、私の知らない孝次の素顔を知っているのかもしれない……
『チリリリーン』
聞き覚えのある音に、私は立ち止まって振り返った。
水色のポロシャツにジーパン姿の好青年が、自転車を走らせてくる。
あれは間違いない。健一さんだ。
健一さんは近くまで来ると自転車を降りて、私に向かって笑いかけた。
「よっ、理香ちゃん。今日も学校あったのかい?」
私も自然と笑みがこぼれる。
「あ、はい。今日は球技大会でしたので」
「へぇ……せっかくの土曜なのにねぇ」
「ホントですよ。休日返せぇッて感じです」
「ははっ。そうだよなぁ、朝寝坊が許される日ってそうそう無いもんなあ」
「健一さんは講義帰りですか?」
「ああ、講義は午前中で終わったけど、何やかんやして今帰ってきた所」
健一さんとの会話にまったりしていると、健一さんの視線が私よりずっと遠くに向いた。
健一さんは遠くを見るとき、目を細めるクセがある。
私も視線を合わせるようにそっちの方を見ると、相変わらずの早足で孝次がもうずっと遠くまで行ってしまっていた。