独身最後の夜-3
そして、もうひとつの理由として、明日菜には、柿崎に言っていない秘密があった。柿崎の結婚式が終わって落ち着いたら話そうと思っていたこと。明日菜は、12月で会社を辞めようと思っていたのだ。
柿崎は、未来の仕事の話をする時、当然のようにいつも明日菜が隣にいる前提で進められていた。それは、ペアとして認めてもらっているということで、すごく光栄なことではあったが、明日菜にとっては心苦しい部分でもあった。なぜなら、柿崎が思い入れるほど、明日菜はその仕事にかける思いが弱く、柿崎が思 い描く夢に、明日菜の気持ちはいつもついていけていなかったからだ。そんな時、実家の親が病に倒れ入退院を繰り返すようになった。東京で働くことにそれほど強いこだわりがなかった明日菜は、Uターンを考え、運よくその受け入れ先を見つけることができ、転職することにしたのだった。それが決まったのが今週の話。部長に は話をしたが、柿崎には式が終わるまでは内緒にしとくよう、お願いをしたばかりであった。
そう、いくら大人同士の一回切りの体の関係をとはいえ、毎日顔を合わせ、仕事をする二人がそうなれば、何か微妙な影響は避けられない。でも、約1ヵ月後には、明日菜と柿崎の関係は終わってしまう。だったら思い出にしてみてもいいんじゃないか。そんなズルい考えが明日菜の中に芽生えていた。そう、結婚 式はおろか入籍もまだなんだし、物理的にはまだ問題ないことだし、と割り切った考えにすらなっていた。そして、
「わ、わかりました。ちゃんと、避妊してください・・・ね。」
恥ずかしさのあまり、下を向き搾り出すように明日菜が言う。
「堅いこと言うね。ま、任せといてよ。」
と言って、柿崎は明日菜を抱き寄せ、腰に手を回すと、二人は、俄かに恋人同士のように渋谷のホテル街に消えていった。
適当に小奇麗そうなホテルに入ると、柿崎は、慣れた手つきで部屋を選ぶ。二人は寄り添っているものの、急に無口になってしまった。お互い緊張しているのだろうか。
部屋に入ると、柿崎はさっさと、鞄を放り投げ、上着を脱ぎベッドに腰掛け、ネクタイを緩め一息つく。明日菜は、なんとなく入り口付近に立ったまま、その姿を眺めていた。『やっぱりかっこいいなぁ。』そんなことを考えながら。
「立ってないで、こっち来なよ。」
その言葉に突き動かされ、明日菜はバッグを置き、ベッドに近づく。柿崎は、ガバっと明日菜を抱き寄せると、そのままベッドに押し倒した。
「キャッ!」
突然の動きに軽く悲鳴を上げる明日菜の唇を、柿崎の唇が塞ぐ。
「んっ!」
長い、長い、ディープキス。
「んんっ・・・ふっ・・・んぁ。」
明日菜が息苦しさから逃れようとすると、不意に左耳に息を吹きかけられる。
「あっ!」
「左耳が、弱いって本当だな。」
柿崎が面白そうに言う。そういえば、かつてそんな話をしたことがあったかも。よく覚えているものだと明日菜は感心する。
「シャワー、先浴びる?」
「ん、先に行ってください。」
「わかった。」
柿崎といったん離れ、一人になった明日菜は、もう一度冷静になって考えようとしていた。本当にこのまま柿崎と関係を持ってしまっていいのか。まだ、止められるんじゃないのか。答えはわかっていた。ここまで来ているのだ、自分でも柿崎とヤリたいと、本能で思ってしまっていたのだ。
「先どうも。早く行ってきなよ。」
バスローブ一枚の、柿崎がバスルームから出てきた。高鳴る心拍数に、なるべくその姿を見ないように明日菜もバスルームへ向かう。
「あ、北田、俺の好みわかってるよね?」
そんな明日菜に柿崎が声をかける。『俺の好み?』一瞬、首を傾げた明日菜だったが、すぐに思い出した、自分の左耳が弱いという話をしていた時に、女の子がシャワーから出てくるときは、下着をつけないで、バスタオルを巻いて出てくるのが一番良い。という話をしたのだった。コクンとうなづくと明日菜はシャ ワーに向かった。