甘辛シロップ-9
「……………ず、」
「ず?」
「smentisco! …smentisco!!」
必死な勢いで首を横に振る聖奈さん。 どうしたというのでしょうか。
「ず、ずめん…?」
「…うう…さっきの話は出来れば、あ、いや、絶対に忘れて下さい…」
「は……はあ、努力します」
何が聖奈さんをおかしくさせたのか、見当がつきません。
それで、私はどんな考え事をしていたんでしたっけ?
…さておき、紅茶のおかわりでも貰うとしましょう。
「聖奈さん、……あ」
言い始めてから気付く。 既にカップの中身にはホワイトホール、白いアッサムティーが
振動を伝い揺れていた。
「はい……なんでしょうか…?」
単なる不覚と言えば済む問題です。 けれども…
明白しています。 今の聖奈さんは輝いていない。
活気が無い、とでも言うべきでしょう。
「…………私」
「なっ!? お前っ…お……何故に?!」
………………?
「…あ、透くん、おかえりなさい…あら? 将太くんもいらっしゃったのですね、どうぞこちらへと……」
◇
…という風に聖奈さんが僕を招いていた気がしたのだが、それよりも気になる事実が一つ。
聖奈さんの横に座っていたと思われる凪が、こちらに…もとい透に
向かって飛んできたのだ。 …鷹のような目つきをして。
スカートを靡かせ、有無も言わさず透の横っ面に飛び膝蹴りを噛ます凪は…
美しいを通り越して恐ろしかった。
───そんな訳で、透に向かって説教している凪の姿を傍観する僕と聖奈さんであるが…。
僕はあの二人のやり取りになんとなく既視感を感じるから、落ち着いていられる。
しかし聖奈さんはというと、涙を目に溜めて震えてしまうほど怯えている。
よっぽど恐かったんだろうなあ。
「…しょ、将太さんも、凪さんのお友達ですよね」
「…はい。 否定したいけど事実は隠せませんから」
「……あ、あれって、ほ、ホントにホントに、あの凪さんなのですか…?」
「あの凪さん」ってことは…どういうイメージを植え付けたんだろう。
「……僕にはよくわからないです」
嘘をついた。 不思議と罪悪感は芽生えない。
「事の発端は一体…?」
「…えっと…」
僕は概ねの事情を話した。
透がなぜか『秀麻 凪 破壊連合作戦』というくだらない思惑を『男同士の契り』と
称してしまい、凪に有らぬ誤解を招かせキレさせてしまったことを。
前々から渋々付き合わされていたってことも一応。
「だって実際そうだろ!? 俺と将太でコイツを襲う為に誓いをぶぶぁっ!」
「人差し指で人を指すな!」
「…人差し指って『人指し指』じゃなかったっけ?」
「男同士の…ちぎり…?」
「………詳しい説明はまたいつか………」
──それでも楽しかったと思う。