甘辛シロップ-7
「そういえば、凪さんは…由紀…透くんのお友達……で、合ってますか?」
「事実上間違ってはいませんが、ううむ…私の友達を通しての友達、だと思います」
「ということは、透くんに用があって…」
「………」
ゆっくりと紅茶を飲みながら考えてみる。
何かを忘れている? 何かとは何でしょうか。
…思い出せません。 …私は何がしたくてここに来たんですか?
●
目を瞑り、どこか思い詰めているご様子の凪さん。
─どうかしましたか? そう声をかけてあげたいのだけど、何と言うか、今の彼女には
話しかけない方が良い気がして…
既に中身が空っぽである彼女のカップに、再び紅茶を注ぐことしか出来なかった。
…そしてやっとわかった。
誰でも一度は経験するはずの、ちょっと切なくて、ちょっと憂鬱になってしまう
そのキモチ。
『アンスリウム』
" I dolori dell'amore "
…もしかすると、凪さんは透くんのことが……。
人生の先輩として大人の女性であるわたしは、彼女に対して何か出来ることはないのだろうか。
「……な…っ…」
称呼しかけて、中断してしまった。
何を躊躇する必要がある? ずっと昔からそうしてきたじゃない。
「……凪さん」
「…………はい?」
凪さんがこちらを向いた…よし!
彼女の手を取り、強く…ぎゅっと握って、一言。
「恋に障害は付き物、止まらずひたすらアタックです!
かつてのセキトリマンの恋人…『ヲトメ』のように!」
◇
「…しっかし何回思い出しても笑っちまうよなあ、あのボーゼンとした顔! 『男同士の深〜い契り』って言っただけであの顔! 何も」
…自主規制。
あの後、諸々の用事があった為、すぐに透の家へ向かう予定だったのだが
凪の" あの顔 "を思いだし、僕は咄嗟にこう提案した。
「少しの間、どこかで時間を潰してから帰ろう。 …出来れば理由は聞かないで」
もちろんちゃんとした理由はある。 ある種、ちゃんとしてないけど…。
何故だかはわからない。 でもあの時、確かに感じた、
憎悪・憤怒・殺意の気を醸し出した凪が透の家に向かっている、と。
凪は雪柳宅に一度も来たことがない、それは即ち、雪柳宅の場所を知ってるはずがないから
嘘だと疑いたかった。 だが、僕は知っていたんだ、凪は怒ると色々な意味で
" キレる "ということを。
─そうして暫くしてる内に夕日も出てきて、只今僕達は透の家を目指しているのである。
…凪がいないと信じて。