飃の啼く…第17章-20
+++++++++++++
人間が憎しみの炎に魂を焼かれると、その人間は鬼になる。
狗族が、その心の内に憎しみの業火を宿したときにはあなじになる。
そしてそのいずれも、闇に属する『堕ちた』存在。
風炎が神立に、そして神立が飃に語ったのは、黷が欲しがっているものを、どうやって手に入れるか…その方法だった。
澱みは、子孫を残すことが出来ない。澱みの数を増やすことは出来るが、それは自らの身体の一部を切り落とし、そこからもう一つの単体を作るだけで、それは生殖には当たらない・・・分裂だ。
黷と、その身体から生まれた全ての澱みは、『子』を欲しがるようになった。何故子をほしがるのかも、いつのことからかも判らない。この世に生じた時からの願望、或いは本能かもしれないし、そうでないかもしれない。その欲望ないし本能の結果が形になったものとして、現在この国に居るほとんどの澱みは、元は黷の身体から分裂し、黷の『子供』と呼ばれる。
だが、黷はそれに満足しては居なかった。
『性交とはどのようなものか。』
彼は試した。何人もの神族や、妖怪の女を攫(さら)って。そしてその度に、女は黷の毒気に汚染され、子を宿すどころか、生気と正気とを失い死んでいった。
黷は人間でも試してみた。今度は人間供のように脆くはなかった。だが、人間との性交は澱みにとって危険を及ぼすこともわかった。あまりに深く繋がりすぎてしまうため、その人間のの生気と、正の感情を一度に多く摂取しすぎてしまう。生気のオーバーロードによって、澱みのほうが消されかねないのだ。
黷は思った。
狗族が脆い故に吾を受け付けず、人間の生気が強力すぎるが故に吾を受け付けぬのならば…
人間と狗族の血を半分ずつ持つ、あの娘を使えばよい。
さらに、闇に近づけるために“堕”とせば、より『子』を宿す可能性も増すことだろう。
そのために、黷は何年も、何年も前から準備をさせてきた。
そして、その計画は、少しずつ、文字通り実を結ぼうとしていた。
「さくら!!」
血まみれの彼女が、倉庫の冷たい床に寝そべっていた。気は失っていない…かすかに震えて、すすり泣いているから。
「こないで…」
か細い声が、飃の足を止めた。ひどく弱弱しい…聞いたことが無いほど、弱弱しい声だった。
「…見ないで…」
彼女は、血の海の中に横向きに倒れ、胎児のように体を丸めて、痙攣しているように絶え間なく震えながら泣いていた。
「さくら…」
飃は、少しずつ、彼女に近づいた。