飃の啼く…第17章-18
「…何のつもり?」
どんな金属にも分類出来ない、黒く美しい鎌鼬の鎖鎌が澄んだ音を立てる。神立を急かすように。
「気紛れなら別の時にしてよ、今は…」
そう言いながらも、瞳は油断なく目の前の影を見つめていた。
「気紛れ?」
目の前の影の冷たい物言いに、鎖鎌を握る神立の手に力が入る。
「あんたは“僕ら側”の狗族だ…だから、黷の企みを教えてくれたんでしょ?」
“探屋”否、敢えて名を明らかにするならば、風炎という。そいつは溜め息をついた。やれやれ、とでも言いたげに。
「七番…いや、今は神立とか言ったか…君はやはり世間知らずだ。」
「な…」
「この僕が簡単に腹の内を開かすと思うか?気まぐれで澱みの情報を流しただけで、もう自分たちの味方だと信じたのか?」
そして、いかにも狐らしい狡猾そうな笑みを見せた。全ての信頼を裏切る笑みにして、親愛を後悔と憎しみに転じさせるような表情だった。
「じゃぁ…澱みの計画は…さくらさんに関する話は…!」
神立は、うろたえているのを隠す事もせずに声を荒げた。風炎は、あの微笑をたたえたまま答える。
「…それは真実だ。まぁ、知ったところでお前たちにはどうにも出来ない…あの方はそれを見通していらっしゃる……そのうえで、お前らが足掻くのを見て楽しんでおられるのだ。」
風炎の仮面が、一瞬の風にひらめく旗のように、剥れた。
「そう…我々は与えられた…“役”を演じるだけだ。」
仮面の下には、憂いと諦めがない交ぜになった、憐れむような微笑があった。神立はそれを嘲って笑ってやった。
「ハ、そういうのを、自己憐憫っていうんだよ…足掻こうとしない時点で、あの人たちは澱みに勝ってる。負けた自分にそんな言い訳をするのは、自分を憐れんでるからだ。」
風炎の瞳が、初めてまともに神立を捕らえる。自分の独白に台詞を挟んだ観客を、驚きを持って見つめるが如くに。
「僕はもうこれ以上誰かに操られるのはごめんだよ…あんたもそうだと思ってた。」
風炎が聞く。
「なぜ、そう思う。」
「あんたは飃さんやさくらさんに、希望を見てる…駄目だろうけど、もしかしたらってね…だからこの間だって重要な情報を僕に伝えたんだろう。黷が指示したからって理由だけじゃないはずだ。」
風炎は、ほんの子供である神立の生意気な言葉に怒るでもなく、肩をすくめた。
「檻育ちの犲(いぬ)にしては、なかなか鋭い目をしている…かもな。」
神立は、くすりと笑った。
「澱みだらけの檻さ…あんたたちの事はよくわかる。」
再び強い風が吹いて、青いビニールシートが呼吸するように膨らんでは、また萎んだ。神立の鎌は以前構えられたままで、風炎もその場から一歩も動かなかった。