飃の啼く…第17章-17
“臆病者が”と、もう一人が言う。臆病、確かに私は臆病なのだ。だって銃を持っている相手に勝てるだろうか?いくら九重の花弁を飛ばしても、銃弾の速さには敵わないし、防ぐことも出来ない。それにも増して、自分を取り巻くこのチンピラたちの…目が…
値踏みするような目が、どうしようもなく怖かった。
“ならば殺せ!”声が言う。ゆだねろ、と。
チンピラの一人が私のあごに手をかける。襟ぐりの広いセーターの隙間に、そいつは目を落とした。いやらしい声で笑いながら。周りの数人も、同調して笑う。磁石を向けられたコンパスのように、その場に居た全員の目が私の身体に注がれていた。
耳鳴りがする。うわんうわんと、警報のように脳を揺さぶって、私は少しの間、視界を奪われる。奪われる…誰に?
殺せ!
(嫌…いやだよ…あなたは誰?)
殺せ!!
(九重でも、「狗族の血」でもない。)
お前の憎しみ、怒り、悲しみ…全てこのわらわに…
(誰なの?!)
チンピラの舌が、私の顔を這う。ジーンズのジッパーが、音を立てて下がったのを聞いた瞬間、私の心は真っ黒な炎に包まれ、なにかが聞こえた。
何かが砕け散るような、
何かが上げたような、悲鳴が。
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飃の後を追ってビルを出た二人を、追いかけてくる気配があった。
「こんな時に…!」
いらだつカジマヤに神立は言った。
「カジマヤさん、あいつの相手は僕がします。」
カジマヤは、何も言わないで神立を見た。数ヶ月前、神立が初めて彼らの前に現れ、自分に出来る仕事を何か与えてくださいと懇願してきたあの日、カジマヤの心をずっと占めていた不安の念がチラッと横切る。
「知り合いか。」
「はい。」
「俺はこの匂いに嗅ぎ覚えがある…味方だと言ってはいたけど、俺は信じちゃ居ない。颪も、飃兄ちゃんもだ。」
神立は答えなかった。
「…神立、おまえは…狗族で居ろよな。澱みじゃなくてさ。」
神立はうなずいて、その場に残った。カジマヤは、夜の闇に浮かんだ黄金の瞳を一度瞬きして、先を急いだ。
「彼」が建っていたのは砂利だらけの地面の上。そこは近日大きなショッピングセンターが建つ予定の広大な敷地で、沢山の建築材やら機械が沢山並んでいる。おそらく地下には駐車場か何かが設けられるのだろう。敷地の地面は深く削られて、巨大な井戸を思わせる。青いビニールシートが、急に吹き始めた風に膨らんだ。