飃の啼く…第17章-16
「僕の鎌では、さくらさんを襲った奴の命まで奪ってしまうからって…」
息を切らして、神立はようやく全てを話し終えた。さくらが必死に神立に懇願する姿が目に浮かぶようだ。彼女は誰かの生命を一つ守るためならどんなことでもするのだろう。たとえ自分自身はどんなに手荒に扱われ、誇りを踏みにじられ、侮辱されたとしても。
そして、こういった状況下でさらに悪いことに、彼女は女だ。この状況で侮辱などではすまないかもしれない。三下どもの強姦の対象にならないと誰が言い切れる?
そして、神立は恐る恐る伝えた。
「そいつらが、あなたに伝えろって…さくらさんを返して欲しければ…」
飃の表情には、この瞬間怒りも憎しみも、焦りすら無かった。触れようとすれば、こちらの皮膚が裂けそうなほど張りつめた氣を纏(まと)って、彼はただ無表情で口だけを動かした。
「返す?」
カジマヤも、神立も、自分が息を止めていることに気づかなかった。飃の目は妖しげに光り、彼の中の内なる獣の唸りが、声にならない声で周囲の空気を震わせていたから。
「…もちろん返してもらうとも。」
その言葉は、至極静かに発せられたけれど叫びと同じくらいに強い力を持っていた。彼は七星を鞘から抜き、その刃の鋭いことを確かめた。そして、一言も言葉を発することなく、夜の街へ消えていった。
後に残された二人の狗族が動けるようになるまでには…もう少し時間がかかった。
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そのだだっ広い倉庫には、私を助けてくれそうな人は居なかったし、倉庫の外にだって、こんな時間には人が居るかどうかさえ怪しかったから、私は叫んだりしなかった。
それに、神立が飃に伝言を届けたんだとしたら、本当に危険なのはこのやくざ達のほうだ。
「何のつもり…飃にどんな恨みがあるって言うのよ!」
両手を縛られ、むき出しの鉄筋にくくりつけられているせいで動くたびに痛い。それでも、気付けにはなった。怖くて怖くて、気が狂いそうだったから。
「お前のコレはな」
チンピラの一人が下品なジェスチャーで「コレ」をあらわした。
「俺たちの大事な取引にちょっかい出して、大損させてくれたわけよ…落とし前って言葉、ネーチャンにもわかるよな?」
そういって、煙草の煙を私に吹き付けた。
うわん…
私の中の、なにかがたぎる。“許しておくな”と。こんな人間の数人を殺すことなど、泥人形を相手にするのと同じこと…。
“いけない”
と、間違いなく半分はある、私の中もう一つのなにかが止める。