飃の啼く…第16章-15
「小さい頃…そう、あれは…母がついに呪いのせいでなくなった日のことだったと思う。」
私も知っている。だって、私はタイムスリップして飃の子供時代に行ったんだもの…。ちょうど、飃のお母さんが亡くなる数日前の、飃の村に…。過去に赴いた時の話は、お互いにしてはいけないと油良さんに注意されていたから、私があの時村に居たことは、飃が知っているはずは無い…あんな昔のことを、覚えているのでなければ。
「その日、少し前から村に居た、奇妙な人間に…己は聞いたんだ。」
私は身じろぎした。寄り添うために。
「また会えるか、と。そしたらその人間は“約束する”と、言った。そして何年が過ぎたか…さくらが聞いたとおり、青嵐に見せられた写真のうちの一枚に…あの約束を交わした…」
そして、飃が少し恥ずかしそうに咳払いをした。
「初恋の女にそっくりなお前が写っていた。」
「飃…。」
彼は、私のおでこに口付けた。
「己は、お前を選んだことを後悔したことは無い。もう一人は残念ではあったが…それがあの娘の運命であったのだろう。だからさくら…こうなっていたかもしれないなどというくだらないことで思い悩むな。」
飃の声は力強くて、私のぐらつく心をじかに支えてくれるようだった。
「はい…。」
「あの娘には申し訳なく思う…だが、こんなにお前を選んだ事を正しく感じたこともない。」
もう一度、はい。と言おうとした声はあまりに弱弱しくて、飃の耳に入ったかどうか解らなかったから、私はただうなずいた。
「前にも一度…ここに来た事があったな…夜に。」
最後に付け足した言葉が、出会って間もない頃の記憶をよび起こす。服はびりびりに破けて、ほとんど半裸といってもいい格好でベッドに横たわっていたけど、何故か顔が熱くなった。飃は私の髪に指を差し込んですっと撫でた。
「出会った頃より、お前はずっと美しくなった。」
ためらわずにそんなことを言う飃を、いつもだったら照れ隠しに殴っていたかもしれない。でも、今日はそんな気分になれなかった。甘んじてその言葉を受け入れようと思った。飃が体を起こすと、翳っていたはずの月が飃の体を照らした。初めて会ったときよりずっと傷だらけで…それは私を守るために付いた傷で…それなのに、私を見下ろす彼の目は、初めて会ったときよりずっと優しかった。
飃は私の手を取って体を起こさせた。上半身はほとんど下着だけの格好を、ようやく恥ずかしいと思って手で隠す。飃はその手を下ろさせて、何もいわずにじっと見た。下着に手を伸ばして、ブラを外す。冷たい外気に触れた肌が、少し引き締まるような気がした。飃は、それと解らないようなため息をついて、私の頬を指でなでた。そして屈みこむと、白く引きつった私の肩の傷をなぞるように嘗めた。